OEM生産を手掛ける刃物メーカーが高価格を理由に契約の見直しを迫られた。売り上げの半分を占める大口顧客を失い、経営危機の瀬戸際に立たされている。高品質の替え刃を愛用する顧客へ継続して価値を届ければ活路を見いだせる。
「岸井、地域のOEM(相手先ブランドによる生産)型刃物メーカー『高山刃物工業(たかやまはものこうぎょう)』の業績はどうなった?大手シェーバーメーカー『ガレック』からの受注減を補う施策はあるか?」
経営企画課長の西部和彦は会議室でシステム企画室の岸井雄介に聞いた。
「厳しいですね。高山刃物はシェーバーや美容ハサミなどのOEM生産でやってきた企業ですが、ガレックから切られることで、経営危機を迎えます」
「高山の替え刃はガレックのクワトロシェーバーで20年前から使っているけど、良く剃(そ)れて心地よい使用感だよな」
「歴史が違います。高山刃物の原点は鎌倉時代に始まる日本刀で、戦時中には軍事用の刃物を開発していたので品質は確かですし、刃が日本人の肌に合ってビジネスを広げました。しかし安い海外製替え刃に乗り換えたガレックの受注終了が迫る状況では、替え刃の新しい供給先を見つけるか、美容ハサミを拡大することが必要です」
「岸井、替え刃の提供先は簡単に見つからないだろう。頻繁に買われるシェーバーの替え刃と違い、眉毛用のハサミは長持ちするので、それだけでは先がないよ。OEMではないオリジナルブランドを育てないと未来はない」
「課長もそう言いますか?酒井さんからも同じことを言われました」
「デジタルビジネス推進室の酒井真由美室長?」
「そうです。高山刃物の事業縮小も考えると説明したら、『商品の売り方が単純』と言って不機嫌なんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を担当し、多くの仕事を成功させてきたエースで、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。