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共働き子育て世代に向けた地域野菜の宅配サービスが伸び悩んでいる。顧客が感じる価値は野菜の味や安全性、価格だけだろうか。事業を永続的に成長させるために、「顧客価値の育て方」を強化しよう。

 「西部課長、踊り場にさしかかったビジネスを再び成長させるにはどうすればよいでしょうか?専務から、北近畿地域野菜の宅配ビジネス売上拡大策を考えるように厳命されました。他社とサービスの差異化が難しくなり、価格競争が激化したことが原因でサブスクリプション(サブスク、定期購買)の解約が多くなっているそうです」

 システム企画室の岸井雄介は、在宅勤務中の経営企画課長の西部和彦にテレ会議システムを通じて聞いた。

 「君が企画した宅配サービスの続きか。毎週有機野菜を届けるので、スーパーが少ない都心の共働き子育て世帯に人気だったよな?自宅までの配送をやめて、マンションの駐車場にデジタル技術を使った受け取り専用車を導入して物流コストを削減し、価格を下げながら受け取りの自由度もある…」

 「そうです。有機野菜の宅配は業界最大手の『ウマイックス』社を頂点に競争が激しい分野です。うちが手掛けている『北近畿野菜のおいしい宅配』は味が良く、値ごろ感があると評判ですが、同社が価格競争をしかけてきて客の奪い合いになり、思うように売り上げが増えないんですよ」

 「岸井、価格競争に入ってきたら、そろそろ価値を成長させる時期になる。幅広に顧客価値の成長を考える必要があると思う」

 「西部さんもそう言いますか?白川さんからも同じことを言われました」

 「デジタルビジネス推進室の白川勝次長?」

 「そうです。白川次長に北近畿有機野菜宅配の販売拡大策を説明したら『顧客価値の育て方が弱い』という指摘があったんです」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入行以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。数年前に同行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、グループ横断的検討プロジェクトのメンバーでもある。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエースで、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、デジタルビジネス推進室と共同で、北近畿有機野菜の販売拡大策を検討している。関西の地方銀行であるA銀行の商圏では、近年大幅に人口や企業数が減少した。今後個人や企業融資の増加が期待できない。

 そこでA銀行は地域の特産品を開発し、全国に供給する地域創生事業を成長させてきた。これまでに人工知能で育てたブランド養殖魚、地酒、地ビールなどを通信販売や直営の古民家レストランなどで販売するビジネスで大きな成果を上げている。

 有機野菜の宅配は会員制のサブスクモデルで、季節ごとに採れる野菜を毎週会員に届ける。北近畿の有機野菜は味が良い。その上、物流の工夫で価格を抑え、好きな時間に受け取れるなどの自由度を確保したため、都市部のマンションに住む子育て中の共働き世帯に人気を得ていた。

 しかし有機野菜の会員制宅配サービスは、ビジネスモデルの差異化が難しい。さらに合併を繰り返した大手企業が規模のビジネスで価格競争をしかけており、北近畿の地域農家が連携して行っている『北近畿野菜のおいしい宅配』は体力面で劣位にあった。