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江戸時代から続く高級漆器の販売が頭打ちになっている。安い漆器に対抗する類似の商品を作れば、レッドオーシャンに溺れてしまう。既存技術を転用し、新しい価値をつくることで活路を見いだせるはずだ。

 「西部課長、下請け漆器工房が独自商品を企画するにはどのような考慮が必要でしょうか。当行商圏の檜上川町(ひのかみかわまち)にある漆器工房に仕事がない状況で、このままでは伝統工芸が消滅する危険性があります」

 システム企画室の岸井雄介は自席で雑誌を読んでいる経営企画課長の西部和彦に聞いた。

 「檜上川町は、前の企画で高級外車やロードバイク、マウンテンバイクのシェアサービスを実施したよな。好調だと聞いているよ。あそこは里山地域でこれといった観光資源がなかったけど、良い集客施設ができた。漆器工房の集積地域とは知っていたが、今度は伝統工芸を生かした活性化の企画か。今の時代に本格漆器は難しいんじゃないか」

 「檜上川町は江戸時代から漆器作りが盛んで、明治時代以降は欧州などに輸出されてにぎわったようです。しかし、最近は安い中国産の漆器に市場を奪われていることや、そもそも本格漆器の国内需要が細ったことで打撃を受けています。新商品を企画して売り上げを増やさないといけないのですが」

 「そうか、本格漆器は手入れに手間がかかるし、贈答用は競争が激しいぞ」

 「課長もそう言いますか。一緒に検討している関美さんもそうなんです。漆器工房活性化の説明をしたら、『技術転用にオリジナリティーがない』って言うんです」今の時代に本格漆器は難しいんじゃないか」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。数年前にA銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、グループ横断的検討プロジェクトのメンバーである。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、A銀行の商圏にある檜上川町の伝統産業である漆器作りの活性化を企画している。地方銀行であるA銀行の商圏では近年大幅に人口が減少し、地域ビジネスは縮小傾向である。