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高級寝具の代名詞としてはせた羽毛布団が高機能の普及品に押されている。普及品に伍(ご)する機能性や、強みとする高級感の訴求だけが取るべき道ではない。商品コンセプトを「快眠」支援と捉え直せば、新たな事業強化の方向が見えてくる。

 「西部課長、老舗寝具メーカー『山北布団(やまきたふとん)』の売り上げ向上企画があるのですが、何か良いアイデアはありませんか?私が子供のころは山北の羽毛布団は高級で憧れの布団でした。しかし今は家具量販店チェーン『ムトリ』が天然羽毛に負けない新素材を使った布団を売っており、山北布団のシェアを奪っています」

 システム企画室の岸井雄介は食堂で昼食を取っている経営企画課長の西部和彦に聞いた。

 「今度は寝具か……。今の時代に天然羽毛布団を拡販するのは厳しいだろうな」

 「そうなんです。山北の天然羽毛布団は北欧のベッドメーカーで寝具を開発していた創業者が昭和40年代に日本に帰って売り出しました。同社は長く布団の王者でしたが、最近では化学繊維の軽くて薄い、湿気をためない安い布団に市場を奪われ、売り上げが下がり続けています」

 「見直すなら天然羽毛布団だけの価値ではなく、全体価値を考えた商品コンセプトが必要だよ」

 「課長もそう思いますか。山崎さんからも同じことを言われました」

 「新規ビジネス企画課の山崎真美課長補佐?」

 「そうです。山崎さんに山北布団の売り上げ向上策について説明したら、『商品に込めるコンセプトが弱い』って言われました」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、A銀行の商圏である北近畿で事業を続けている寝具メーカー、山北布団の業績拡大に向けた企画を検討している。

 山北布団の中心商材は天然羽毛布団である。中国や台湾産のホワイトダックの天然羽毛を使った羽毛布団で、軽く薄いのが特徴であり、夏は涼しく冬に暖かい。これで長年、市場に選ばれてきた。

 山北の羽毛布団は全国的な知名度を獲得し、一時は羽毛布団の代名詞になった。しかし、最近では化学繊維を使った布団によって天然羽毛布団は縮小傾向であり、A銀行が同社の販売拡大を支援することになった。

 この検討の担当になったのが、新規ビジネス企画課の山崎課長補佐とシステム企画室の岸井である。岸井は、国内外の寝具市場の調査を行った上で、山崎に説明した。


 「岸井さん、山北布団の売り上げ向上策の検討状況を教えてください。どのような商品を追加するのか、どのような販路に広げ、客を取り込むのか詳しく説明していただけませんか」

 「山崎さん、山北の羽毛布団という商品の分析からスタートします。山北布団は、北欧のベッドメーカーで寝具の研究をしていた人物が昭和40年代に帰国後、北近畿を本拠に創業した寝具メーカーです。創業者の山北氏は北欧での共同研究中にグースやホワイトダックから効率的に羽毛布団を製造する技術を完成させました。日本で試験販売したら爆発的に売れたので、日本での販売委託契約を締結、創業したのが山北布団です。売り出した『山北の羽毛布団』は評判になり、当時の全国紙にも掲載され、婚礼の贈答品などで人気になりました。そこで直販店舗だけでなく、全国の百貨店や地域の寝具店を販路とし、安定した事業を展開してきました」