運動着やスーツを展開する地場メーカーがコロナ禍と少子化の二重苦にあえぐ。救いは、軽くはっ水性のある特殊素材の商品への建設作業員の支持が厚いことだ。作業用ウエアの価値を高めるために、データを生かす視点を持つ必要がある。
「西部課長、ヤマノの高機能ウエア用素材『アクティブストレッチ』を横展開したいのですが、良いアイデアはありませんか?」
システム企画室の岸井雄介は食堂で昼食を取っている経営企画課長の西部和彦に聞いた。
「あれ?ヤマノは君が考えた、軽くて伸縮性・はっ水性が高いアクティブスーツ事業のおかげで業績回復したのではなかったか。また業績が悪化しているのか?」
「はい。アクティブスーツ事業を開始してからしばらくは調子が良かったのですが、顧客の多くが新型コロナ禍をきっかけに在宅勤務に移行して通勤が減り、売り上げが増えないんです」
「でも建設業関係のニーズは高いのだろう?」
「そうですが競合も増えていますし、一般の会社員にも売れないと……」
「岸井、それはデータを使ったビジネス変革のチャンスだよ」
「課長もそう思いますか。平山さんも同じことを指摘しました」
「新規ビジネス企画課の平山知恵課長補佐か?」
「はい。アクティブストレッチの横展開について説明したら『商品にデータを生かしていない』と言われました」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を担当し、多くの仕事を成功させてきたエースで、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。
岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、A銀行の商圏である北近畿で昭和40年代から事業を続けているスポーツウエア・ビジネスウエアメーカー、ヤマノの業績拡大に向けた企画を検討している。
A銀行の商圏には多くの中小企業が存在している。特に学校向けに機能面で優れたジャージー、ユニホームを安価で供給してきたヤマノは地域の生徒、学校関係者、保護者に愛され、事業を続けてきた。
ヤマノの商材の一つは高機能素材であるアクティブストレッチを使った学校用運動着である。軽く伸縮性に優れ速乾性も高いので、生徒や保護者に好評な上、創業者が特許を持つので価格を抑えられる強みもあった。
ヤマノはアクティブストレッチを武器に、北近畿の学校指定運動着の市場をほぼ独占するほどに成長し、安定した業績を上げてきた。しかし地域の子供数の減少によって学校向け運動着の将来は今では暗い。
そこで、4年前にメインバンクのA銀行が販売拡大を支援し、当時はやり始めたアクティブスーツ(軽くて動きやすい、はっ水性に優れた化学素材のビジネススーツ)にアクティブストレッチを使い、もう一つの柱としてビジネスを拡大させた。
しかし、コロナ禍による在宅勤務の増加と通勤機会の減少で、ビジネスウエア市場自体が小さくなり、ヤマノは再度厳しい経営を余儀なくされている。そこでA銀行が再びヤマノを支援することになった。
担当になったのは新規ビジネス企画課の平山課長補佐と過去にヤマノを担当した岸井である。岸井はヤマノのビジネスウエア事業の状況や、コロナ禍における作業用ウエア市場の調査を行った上で、平山に説明した。