極限まで細くて軽い化学繊維素材を使った高級釣り具のメーカーが窮地にある。低価格商品を扱うチェーン店などが攻勢をかけているためだ。先端を走る素材や製造技術のオリジナリティーを生かした新商品とは何か。
「西部課長、先が見えない業界の会社にはどのような戦略が必要でしょうか。大手釣り具メーカー『タイガ釣工業』の売り上げが減少しており、大幅なリストラが必要な状況です」
システム企画室の岸井雄介はビデオ会議システムの向こうにいる経営企画課長の西部和彦に聞いた。
「タイガの釣りざおやリールは子供の頃は憧れだったけど業績が悪いのか。断トツのブランドだと思うけどな」
「その通りです。しかし人口減や若者の嗜好の変化によって、釣り人口は10年右肩下がり。それに応じて売り上げも落ちています。新しい釣りジャンルを広げないといけない状況です」
「でもな、人口減だから簡単にはいかないぞ。釣り具の機能性を持った商材を別の市場に広げないと」
「課長もそう言いますか。山下さんもそうなんです」
「新規ビジネス企画課の山下徹課長代理?」
「そうです。山下さんから『オリジナルな強みを転用できていない』って言われたんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。数年前にA銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、グループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。
岸井は現在、デジタルビジネス推進室と共同で、タイガ釣工業の業績拡大策を検討している。タイガは昭和50年代に起こった釣りブームで人気ブランドになり、以来トップシェアを維持してきた。
商品は幅広く、特に売り上げ占有率が高いのがルアーやフライといった疑似餌(ぎじえ)関連商品である。しかし少子化もあり、市場は縮小傾向が顕著で今後も増加する見込みは低い。
また100円均一ショップの大手チェーンが低価格ルアーやフライなどの商品を投入し、市場シェアを奪っている。この人口減と低価格品との競争というタイガの経営課題を、メインバンクのA銀行が支援することになったわけである。
検討を担当しているのは、デジタルビジネス推進室の山下課長代理と岸井である。岸井はタイガの商品の強み、製造工程、販路の状況などの分析を行い、山下に説明した。
「山下課長代理、タイガの製品づくりのコンセプトから説明します。タイガは素材と製造技術を大事にしており、釣りざおには常に新素材を投入してきました。極限まで細くて軽く強い化学繊維素材は、競合他社では完璧にはまねできません。またオールシーズンかつ水場での活動という釣りの環境特性から、軽く、寒いときには暖かく、暑いときには涼しいウオータープルーフ(防水性が高い)の衣料にも強みがあります。これらに使う素材技術を維持するため常に研究開発費がかかるので、タイガ製品の価格は業界最高水準です。製品の良さがタイガの強みで、これまで高い評価を受けています」