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地元密着型スーパーが大型店やコンビニ、通販との競争にあえいでいる。ネットスーパー機能導入に際し、コスト上昇が見込まれる。顧客の感じる価値を第一に考えれば、価格を上げずに事業拡大は可能だ。

 「西部課長、通販やドラッグストアに押されている地場スーパーをV字回復させるにはどうすればよいでしょうか?専務から、北近畿地域で20店舗を運営するスーパーの業績回復策を考えるよう言われています。大手ショッピング施設『トロンモール』に設備と広さで押され、ドラッグストアに価格で押され、ECサイト『ナイルドットコム』にも押され、業績が悪化して…」

 システム企画室の岸井雄介は、経営企画課長の西部和彦にビデオ会議をつなげて聞いた。お互い自宅で勤務中だ。

 「今回はスーパー北キンか。あそこは鮮魚がいいんだよな。いつでもうまいマグロが安いし、漁船まるごとセットでは珍しい地場魚も買えるしな。だがその他の商品はあまり特徴がない。価格も中途半端、店舗も少なくてじり貧という感じか?」

 「そうなんです。昔は地域密着スーパーとして喜ばれていたのですが、今は週末のまとめ買いでトロンモールに客を取られています。日々の買い物はドラッグストアの方が安いですし、共働き世帯は通販も使っています。競合は増える一方です」

 「岸井、競争が激しくなってきたら、価値勝負になる。徹底的に顧客の体験価値を考えなくてはいけない」

 「課長もそう言いますか?東条さんからも同じことを言われました」

 「デジタルビジネス推進室の東条譲次長?」

 「そうです。東条次長に北キンの業績拡大策を説明したら、『顧客への寄り添いが弱い』って言うんです」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。数年前にA銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、グループ横断的検討プロジェクトのメンバーである。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、A銀行の商圏である北近畿で1980年代から事業を続けている中小スーパーチェーン「スーパー北キン」の業績拡大企画を検討している。

 北キンは地域型スーパーではオーソドックスな存在で、北近畿の都市部に1号店を開業以来、現在では山間部と臨海部を中心に20店舗を展開する。

 特徴は鮮魚の強さだ。北近畿臨海部のいくつかの漁船の漁獲を仕入れた「漁船まるごとセット」や米国業者との専属契約で仕入れる「養殖クロマグロ」は地域の家庭や料理店に支持されている。

 さらに、最近では低カロリー、低糖質、高繊維質の食材や総菜にも力を入れており、高齢者向けのヘルシーフードとして地元テレビでも紹介されるほど人気商品となっている。

 しかしそれ以外の商品は特徴がなく価格面でも差異化できていない。この結果、北キンはトロンモール、ドラッグストア、コンビニ、通販に客を奪われ経営が危機的状況になってきたため、メインバンクのA銀行が業績拡大を支援することになった。

 この案件を担当しているのが、デジタルビジネス推進室の東条次長と岸井である。岸井は、北キンの来店者アンケートや戸別聞き取りなどで現状を調査し、東条に支援策の概要を説明した。


 「北キンのターゲット層は店舗の周辺7キロ圏内の客です。店舗は主に住宅地に出店していますが、車を使う客が大半なので、200台程度止められる駐車場を持っています。