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プラスチックに取って代わられた地元の針金加工業者が廃業しかねない。針金で作る「かんざし」を切り札としたいが大きな売り上げは見込みづらい。ならば作るプロセス自体を体験として売れば、新たな価値になる。

 「西部課長、下請けの加工業者が独自製品を企画するにはどのような考慮が必要でしょうか。当行商圏の『ひの上川町(ひのかみかわまち)』にある針金加工業者『北近畿ワイヤー』に仕事がなくなり、廃業の危険があります」

 システム企画室の岸井雄介は自席で雑誌を読んでいる経営企画課長の西部和彦に聞いた。

 「ひの上川町にはいろいろな産業があるけど全て斜陽だな。それをいつも君が見直しているようだな。前回の高級漬物で得た乳酸菌を活用した健康食品の販売は話題になっていたけど、針金加工もいけそうか?」

 「漬物のほうは順調ですが、針金加工は厳しいです。この地域は昭和初期から針金加工が盛んで、ピーク時は多くの業者があったようです。しかし、その後加工がしやすく、軽いプラスチックに需要が移り、針金の加工需要は激減しました。それだけではありません。安い外国産の針金加工品に市場を奪われ、二重苦です」

 「針金加工は付加価値がないと競争が激しい。違う価値に気づくかだな」

 「課長もそう言いますか。一緒に検討している大原さんもそうなんです」

 「新規ビジネス企画課の大原陽子担当課長?」

 「そうです。大原さんに北近畿ワイヤーの説明をしたら、『最終製品の価値しか考えていない』って言うんです」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務でグループ横断的検討プロジェクトのメンバーである。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。ITコンサルティング会社の出向経験を持つ経営企画課長である。

 岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、経営が厳しくなった北近畿ワイヤーの業績向上策について検討している。関西の地方銀行であるA銀行の商圏では近年大幅に人口が減少し、地域ビジネスは縮小傾向にある。

 A銀行は地域の特産品を開発し全国に供給する地域創生ビジネスを成長させてきた。これまでに人工知能で育てたブランド養殖魚、地酒、地ビールなどを通販や直営の古民家レストランなどで販売する事業を軌道に乗せた。

 また観光では渓谷の景観を生かした古別荘の空中カフェ、山間ドライブコースや山林コースを活用して高級外車やロードバイクなどで走ることができるシェアビジネスも成功させていた。