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世界的に有名な高級車の日本販売が振るわない。成功した高齢富裕層向けと認知され、若年や中年層、ファミリー層に届かない。既存商材の価値を再定義し、見せ方・売り方を工夫して戦略を再考する必要がある。

 「西部課長、欧州の自動車メーカー『エミリア・ダンク』の顧客層拡大企画に、いいアイデアはありませんか?ご存じの通り、ダンクは高級車の代名詞で、現在30種類の自動車を製造、販売しているのですが、成功者のイメージが強いため顧客は高齢層に偏っています。オーナーのさらなる高齢化で、今後の販売数減が懸念されています」

 システム企画室の岸井雄介は、オフィスにいた経営企画課長の西部和彦に聞いた。

 「ダンクか。いつかは乗りたいと思うけど、車体が大きいからマンションの駐車場には厳しいし、家のローンもあるしな……。高い車だからオーナーの高齢化は仕方ないか」

 「ダンクは、ダンクの自動車を初めて量産したエンジニアの名前で、エミリアは関係者の娘の名前です。その後世界に販路を広げ、高級車の代名詞になりました。しかし高級車ゆえに値段は高く、若者の車離れやファミリー用ミニバンなどの人気もあり、日本のダンク販売は極端に高齢者が多いです。これをどうにかしないといけません」

 「でもな、ダンクを若者に売るっていうけどどうするんだ?これまでと同じ高級感を醸しても広い客層には響かないぞ」

 「課長もそう思いますか。後藤部長代理からも同じことを言われました」

 「新規ビジネス企画課の後藤将司部長代理か?」

 「そうです。後藤さんにダンクの顧客層拡大について説明したら『売り方に工夫がない』って言われてしまいました」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、世界30カ国にまたがり多くの種類の自動車を製造しているエミリア・ダンクの顧客層拡大に向けた企画を検討している。

 ダンクの特徴はその車種の多さである。クラスは大きく分けて、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン、ゼータの6種類があり、ギリシャ文字の順にボディーや車格が高くなり、イプシロンとゼータが最上位である。

 クラスとは別にセダンやコンパクト、クーペ、オープンカー(カブリオレやロードスターなど)をはじめとした車種も用意され、全部で30種類を超えるラインアップは世界随一である。

 しかし最近では若者が車を持たない背景に加え、強みである高級感が独身者に「あきらめ」をもって敬遠される風潮や、家族を持つ世代のミニバン人気の高さなどがあり、ダンクの脅威になっている。そこでA銀行が販売拡大を支援することになった。

 この検討の担当になったのが、新規ビジネス企画課の後藤部長代理とシステム企画室の岸井である。岸井は、国内と世界の自動車販売の流れ、電気自動車やサービス化の調査を行った上で、後藤に説明した。

 「後藤部長代理、まずはダンクの歴史と現状を説明いたします。エミリア・ダンクは、世界で初めてガソリン自動車を商業ベースで量産した会社で、エンジニアのバーム・ダンク氏がつくった車をルーツにしています。その後世界に広まり高級車としての地位を得ました。安全性については常に研究しており、自動車製造に生かされています。エアバッグについても同社が研究を始めて、実用化しています。高価格で高級なイメージがあるため、日本ではダンクは成功者が乗るべき車として認知され、選ばれてきました。このため顧客層の平均年齢は50歳以上と高齢化しています。輸入販売を手掛ける企画会社の『ダンク日本』も、販売するディーラーも、顧客を固定し高い車を成功者に売る効率的営業をしてきました。テレビCMも景色が良い外国の道を落ち着いた音楽にのせてひたすら走るイメージ戦略でした。しかし、富裕層に高い車を売っているだけでは先が細ります。そのうち、手軽になった電気自動車への転換、いわゆるデジタルトランスフォーメーションによって、ダンクのビジネスはディスラプト(破壊)されかねない。これが問題の本質です」

図 高級車を取り巻く問題と対策の考え方
図 高級車を取り巻く問題と対策の考え方
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