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入場者数の制限でチケット収入や物販が激減し、球団経営は打撃を受けている。スタジアムで観戦するという究極のリアルなコト商材はデジタル化できるのか。ファンが持つ「大好き、応援したい、熱狂できる」という感情をうまく捉えよう。

 「西部課長、地元北近畿のプロ野球球団『北近シーバス』の経営が厳しく親会社の北近畿鉄道は困り果てています。何とか改善させるアイデアはありませんか?地元で愛されてきたシーバスは、このままでは身売りも検討せざるを得ないとの話です」

 在宅勤務中のシステム企画室の岸井雄介は、テレビ会議を通して経営企画課長の西部和彦に聞いた。

 「シーバスか。観戦型スポーツは厳しいだろうな。コロナ禍では小さい子供を連れて観戦することをちゅうちょするから、お客は減るよな。もっともスタジアムの観戦者が増えたとしても、最大収容可能な人数の5割程度しか入れない。球団にとっては大打撃だ」

 「そうなんです。コロナ禍で開幕が2カ月近く遅れました。試合は始まりましたが、入場者数5000人からですし、増えても収容人数の5割まで。シーバススタジアムの収容人数は3万4000人ですから1万7000人までしか入れず、チケットや物販の売り上げは厳しくなります。この状況で当面すべきはコスト減です。入場チェックを人手でなくデジタル技術を使ったり、チケット販売をネットに絞ったりするなどの対応が必要だと思います」

 「それでは抜本的な対策にはならない。コロナがいつまで続くか不明だ。収容人数以下での売り上げでは、いずれ破綻するだろう。デジタルを使ったビジネス変革、デジタルトランスフォーメーション(DX)が生きる事案だと思う」

 「課長もそう思いますか。馬場さんからも同じことを言われました」

 「新規ビジネス企画課の馬場倫美さん、シーバスファンの?」

 「そうです。馬場さんにシーバスの売上拡大策について説明したら、『リアルの良さをデジタルに生かせていない』って言うんです」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。

 西部和彦は37歳、A行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、A行の商圏である北近畿で、鉄道事業を営む北近畿鉄道が親会社になっているプロ野球球団「北近シーバス」の業績拡大策を検討している。

 40年の歴史を持つシーバスは強い資本力を持たないため、一貫して地元に愛される球団を目指してきた。特に最近では、女性に向けて野球の楽しさをアピールしてきた結果、「シーバス女子」という言葉もつくり出している。しかし新型コロナウイルスの感染拡大により、人が密集、密着して大声で応援するスタジアムでの観戦は好ましくないとして慎重に議論されている。スタジアムへの観客収容は最大3万4000人の半分程度まで制限される見込みで、売り上げに大きなマイナスとなる。

 シーバスの収益構造はチケット収入、スタジアム内で販売する飲食、オリジナルグッズなどの物販収入、地域ケーブルテレビの放映権収入、ユニホームの企業名掲載の広告収入などである。チケット収入とスタジアム内物販収入は試合数と観客数にリンクするため、それらが減ることは、球団経営には大きな痛手だ。

 そこで、シーバスのメインバンクであるA行が事業持続のための融資と抜本的な事業支援として、コロナ禍における北近シーバスの経営を安定させるための方法を検討することになった。

 この検討の担当になったのが、公募で手を挙げた新規ビジネス企画課主任で自身がシーバス女子という馬場と、岸井である。岸井はコロナ禍の観光客誘致やデジタル商材を調査し、馬場に説明することになった。