江戸時代から続く歴史ある手造りの本格味噌製造会社が不振に陥った。昔と変わらぬルート営業と紹介を中心にした売り方では立ち行かない。販路拡大には多角的なコンテンツ発信で体験価値を訴求することが必要だ。
「西部課長、本格味噌を販売するにはどのようにすればよいでしょうか。当行商圏のひの上川町(ひのかみかわまち)にある味噌製造販売会社『ひの上川味噌』の売り上げが減少しており、対策が必要な状況です」
システム企画室の岸井雄介は在宅勤務中の経営企画課長の西部和彦に、Web会議システムで聞いた。
「今度は本格味噌か。今の時代に本格味噌の販売は簡単ではないな」
「ひの上川町は江戸時代から米と大豆作りが盛んで、それらを原料とした味噌は味も良く、多くの個人、飲食店が使っていました。しかし人口減や若年層の嗜好の変化によって、本格味噌の需要が落ちています。売り方を工夫したり、新商品を開発したりして売り上げ向上を図る必要があります」
「そう言うけど、本格味噌は、味は良い代わりに価格が高いので工夫が必要だと思うよ」
「課長もそう言いますか。一緒に検討している前本さんもそうなんです」
「デジタルビジネス推進室の前本絵梨香課長代理?」
「そうです。前本さんにひの上川味噌の味噌造りを活性化するアイデアを説明したら、『価値の訴求が弱い』って言うんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務でグループ横断的検討プロジェクトのメンバーである。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。ITコンサルティング会社の出向経験を持ち、現在は経営企画課長を務める。
岸井は現在、デジタルビジネス推進室と共同で、A銀行の商圏である北近畿で江戸時代から本格味噌を製造・販売しているひの上川味噌の業績改善に関する企画を練っている。
関西の地方銀行であるA銀行の商圏では近年人口が減少し、地域ビジネスは縮小傾向である。そこで地域の特産品を開発し、全国に供給する地域創生ビジネスとして人工知能で育てた養殖魚、特産大豆を原料にした代用肉などを成功させている。
また、観光では渓谷の景観を生かした古別荘の空中カフェ、下請けを脱却した漆工房が文具をネット販売する事業、空き家を利用したグランピング場や赤字続きだった鉄道会社のクラウドファンディングによる事業継続企画など多くを手掛けてきた。
これらビジネスの成功に気を良くした町長は、古くから親交のあるA銀行の企画担当役員に、ひの上川味噌の支援を依頼した。その役員がデジタルビジネス推進室にプランの検討を指示したのが経緯になる。
担当になったのが、ひの上川町の地域活性化企画を手掛けている前本課長代理と岸井である。岸井は、他地域での味噌造りの現状、新しいビジネス事例を詳細に調査し、前本に説明した。