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利用者の高齢化とコロナ禍で、今や経営が風前のともしびとなったローカル鉄道。少なくなったとはいえ乗客はいるので、サービスの廃止はできない。鉄道事業だけでなく部品などの資産に目を転じれば、潜在客は地域から全国に広がる。

 「西部課長、高齢化が進んでいる地域のローカル鉄道が生き残るアイデアはありませんか?当行商圏の臨海部にある沢井町(さわいまち)で大正時代から営業する沢井電気鉄道、沢鉄(さわてつ)がピンチなのです。このままでは事業継続が危ういのです」

 システム企画室の岸井雄介は、始業前に自席で雑誌を読んでいる経営企画課長の西部和彦に聞いた。

 「沢井か、あそこは江戸時代から漁業と観光でにぎわったところで大正時代に鉄道が敷設されたのだっけ。今は漁業も観光も先細り、地域住民も高齢化しているからな。今度はローカル鉄道か?」

 「企画担当役員が沢鉄の専務と大学の同窓で、町を活性化させるため、沢鉄を絶対継続させたいと事業支援を依頼されたようです。沢鉄は通勤、通学、買い物に欠かせない移動手段です」

 「でもな、地域住民が減る中では、運賃収入の増加はあまり望めないぞ。鉄道事業を維持するために、他地域の客から別の収入も増やさないと」

 「課長もそう言いますか…。新規ビジネス企画課の担当課長の広田さんにも言われました。沢鉄の事業拡大企画の説明をしたら、『ビジネス設計に広がりがない』って不機嫌です」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させたエースで岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、A銀行の商圏の臨海部にある、漁業と観光の町である沢井地区で鉄道事業を行う沢井電気鉄道の事業維持に関して検討している。

 沢井は江戸時代からイワシやアジなどの魚を都市部に供給する漁業の町であり、都市部に近いことで夏の海水浴、宿泊、別荘地分譲などで明治以降人口が増えたため、大正期に鉄道が敷設された。それが沢鉄である。

 その後、沢鉄の事業開始とともに人口が増加したものの、現在では主要産業の漁業が斜陽になり、移入者も減り、町は高齢化の一途をたどっている。

 沢井地区は海岸線に沿った細長い町域であり、山が多く、沢鉄はトンネルを貫いて走行するようになっている。一方、道路は山を越えるため、都市部への通勤・通学や、買い物には沢鉄を利用するのが速くて便利である。

 これまで何回か事業継続が厳しくなった沢鉄を廃止し、路線バスに移行しようとしたものの、時間と運賃が鉄道の2倍かかる路線バスの代替に地域住民は反対してきた経緯がある。

 しかし現在、コロナ禍での在宅勤務、在宅授業、買い物控えで、沢鉄の利用者はかつてないほど少ない。親会社の北近畿交通は沢鉄への支援を大幅に減らさざるを得ない状況にある。

 そこで沢鉄自体で、減少分の収入を獲得する必要が生じた。沢鉄の専務がA銀行の企画担当役員に相談した結果、新規ビジネス企画課が収入拡大プランの検討を支援することになった。

 この検討の担当になったのが、新規ビジネス企画課の広田次郎担当課長とシステム企画室の岸井である。岸井は、他の鉄道会社における事業拡大事例を調査し、広田に説明した。