シニア人材と企業とのマッチングを手掛ける地方の人材支援会社が苦しんでいる。オンラインマッチングを武器にする競合の台頭により事業がディスラプト(破壊)されつつあるからだ。登録人材や企業を増やすには、人が人を呼ぶ「ネットワーク効果」が必要になる。
「西部課長、『シニアワーク』のビジネス改革企画に関して良いアイデアはありませんか?この会社は人材派遣/転職紹介会社で、主に管理者や実務人材が不足している中小企業に業務スキルのあるシニア人材を派遣しています。最近はオンラインでマッチングを行う競合のスキルシェアリング企業に押され、売り上げが激減しています」
システム企画室の岸井雄介は休憩室でコーヒーを飲んでいる経営企画課長の西部和彦に聞いた。
「シニア専門の人材派遣と転職紹介か。時代を反映しているな。今後は受給する年金額が減るという焦りから、働く必要があると思うんだろうな。競合企業がシェア拡大戦略で低い手数料で参入してくると、デジタル化に弱いシニアワークは対抗が難しいだろう」
「そうなんです。シニアワークは、大手企業の人事部門出身者が創業しました。不況になって以降、大手はシニア社員を子会社や他社に再配置するようになり、仲介会社に委託を始めました。それを商機と考え、シニア専門の派遣紹介会社を興したわけです。急成長しましたが、近年は振るいません」
「でもな、シニア向け人材派遣、紹介ビジネスを高度化するってことなら、競合と同じことをやっても価格では勝負できないぞ。シニアワークは事務所を持っているし、社員が多いから固定費負担も大きいだろうし、付加価値で差別化しないと」
「課長もそう思いますか。金田部長代理からも同じことを言われました」
「新規ビジネス企画課の金田順二部長代理か?」
「そうです。金田さんにシニアワークのビジネス改革について説明したら、『顧客価値と商材のつくり方が弱い』って言うんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。ITコンサルティング会社の出向経験を持ち、現在は経営企画課長を務める。
岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、北近畿地域で1990年代に創業し、現在は同地域で知名度を獲得しているシニアワークの経営戦略の見直しを支援している。
シニアワークの商材はシニア人材である。定年したり、早期退職を希望したりする人材の企業への派遣や再就職をあっせんする業務を行う。同社の丁寧で親身な対応から、これまで競争力を持って、シニア人材や顧客企業に長く選ばれてきた。
しかし、最近ではオンラインの低価格ビジネスモデルが台頭、シニアワークの脅威になっている。そこでA銀行が経営改革を支援することになった。
この検討の担当になったのが、新規ビジネス企画課の金田部長代理とシステム企画室の岸井である。岸井は、企業向けシニア人材市場の調査を行った上で、金田に説明した。
「金田さん、まずはシニアワークの歴史と現状を説明いたします。シニアワークは、大手企業の人事部門で自社社員を子会社や他企業に派遣したり、転職指導をしたりしていた創業者が平成5年に北近畿で始めた会社です。創業者は終身雇用制度に問題意識があったようです。それは、どの会社も新卒採用してから、同じ企業で働き続けることの社会的な非効率性でした。当時、多くの大企業は自社内に中高齢人材を抱えていました。特に役職定年を迎えた人材は新しいことをさせようとしてもなかなかできず、働かない人材として問題になりました。そこで子会社への出向や他社への再就職あっせんが決まったのですが、これが人事部門の負担になりました。創業者はシニアの派遣や再就職支援業務を共通化すれはビジネスになると思い、資金を集めて起業しました。コンセプトは『シニアワークならいつまでも働ける』。これが当たりシニアワークは成長しました」