旅行需要喚起のための「Go Toトラベル」事業に東京発着が加わった。客足が戻る兆しはあるが、高級旅館やリゾートホテルはいまだに苦しい。「顧客ずらし分析」をして既存顧客層から目を転じると、別の需要が見えてくる。
「岸井、商圏の旅館やリゾートホテルの経営状況はどうか?新型コロナ禍の影響で客が来ない状況をどう支援するか対策はできているか?」
経営企画課長の西部和彦はビデオ会議システムを通してシステム企画室の岸井雄介に聞いた。
「西部課長、厳しいですね。Go Toトラベルでいくぶん良くなってはいますが、人が外出を控える状況下では、地方の旅館やリゾートホテルは苦境にいます。北近畿の大手『空原リゾート』でさえも経営危機を迎えています」
「空原リゾートか。大手デベロッパーの豪華旅館やリゾートホテルを買い取って再生させる手腕はすごいよな。宿泊という体験型コト商材の創り方が素晴らしいけど、まだ続くコロナ禍では厳しいよな」
「そうなんです。空原リゾートは古民家風高級旅館の部屋や食事の良さ、心地良い接客で北近畿に30カ所の拠点を展開してきましたが、今の状況では採算が取れません。高級旅館やリゾートホテルは物件費や人件費が高いため、人員整理やさまざまなコスト削減が必要だと思います」
「だが岸井、拠点を減らすと売り上げも落ちるがどうする?空原リゾートの商品価値は高いのだから、ビジネスモデルの見直しが必要だと思う」
「課長もそう言いますか?小岩さんからも同じことを言われました」
「デジタルビジネス推進室の小岩雄二室長代理?」
「そうです。小岩さんに空原リゾートの営業縮小計画を説明したら、『ビジネスの広げ方が弱い』って不満そうなんです」
岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。数年前にA銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、グループ横断的検討プロジェクトのメンバーにもなっている。
西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、多くの仕事を成功させた貢献が認められ、経営企画課長に昇進した。
岸井は現在、デジタルビジネス推進室と共同で、北近畿で30年前に創業し、業績が悪化した旅館やホテルを再生する手法で成長した大手宿泊施設業者「空原リゾート」の業績回復策を検討している。
空原リゾートは中高年や年収の高いビジネスパーソンに人気がある。現在30拠点を展開している。同社所有の施設の特徴は、高級ながら価格を抑えた体験価値の高い宿泊施設だ。北近畿の山間部や臨海部にある高級旅館やリゾートホテルを安く買い取り、都会では味わえない景色を売りにした宿泊体験を、価格を抑えて提供する。
また複数の大手外食業者と契約し、味の良い食事を手ごろな価格で提供できるビジネスモデルを採用している。この戦略により、価格を抑えながら、宿泊と食事という両方の体験価値を高めている。