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釣り糸の製造機メーカーが自社糸を使ったマットレス販売を細々と続けている。評価は高いが売り上げの1割止まり、しかも個人向け販路を持っていない。腰に優しいという隠れた価値を直接顧客に届けるビジネスモデルを検討したい。

 「岸井、地域の製造業『北近畿化学機械』の業績が悪いんだって?今は製造業が厳しいから、業績が芳しくないのも無理はないか」

 経営企画課長の西部和彦はWeb会議システムでシステム企画室の岸井雄介に聞いた。

 「西部課長、厳しいですね。同社は今、経営危機を迎えています」

 「確か、樹脂を使った釣り糸製造用機械で有名だったよな。大手釣り具メーカーが使っていたと思うけど」

 「その通りです。この機械で製造できる釣り糸が丈夫で切れにくく、釣り具メーカーに評価され事業を広げました。しかし釣り人口が増えず、釣り糸もなかなか売れない状況では、新商材の製造販売を増やすことが必要です」

 「岸井、その通りだ。自社オリジナルの価値をつくる必要がある」

 「課長もそう言いますか?陶山(すやま)さんからも言われました」

 「デジタルビジネス推進室の陶山ひとみ室長?」

 「そうです。陶山さんに北近畿化学機械の生き残り策を説明したら、『価値の届け方に工夫がない』って不機嫌なんです」


 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務でグループ横断的検討プロジェクトのメンバーである。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を長く担当し、多くの仕事を成功させてきたエース人材で、岸井の大学の先輩でもある。ITコンサルティング会社の出向経験を持ち、現在は経営企画課長を務める。

 岸井は現在、新規ビジネス企画課と共同で、北近畿地域で1990年代に創業し、メーカー向け製造機械を開発・販売する北近畿化学機械の経営戦略の見直しを支援している。

 北近畿化学機械は3つの事業領域を持っている。1つ目は売り上げ全体の6割を占める釣り糸製造用機械である。しかし、若者の嗜好多様化により、釣り業界の売り上げが減少傾向であるため、機械の売り上げも減っている。

 2つ目は、売り上げの3割程度である作業用ロープである。釣り糸製造から派生した樹脂製ロープの製造販売であり、耐久性が高く地域の工事業者に売れている。しかし、競合品である安い素材の作業用ロープとの価格競争が激しく、売り上げは頭打ちだ。

 最後は、売り上げの1割を占める自社開発の寝具「ペインレス・マットレス」である。利用者からは「反発がちょうど良く、腰や肩、首が痛くならない」と評価する声が高いがほぼ無名のブランドであり、個人向け販路がなく、宿泊施設を通して細く販売している。

 主力の釣り糸製造機の見通しが暗いなか、同社は作業用ロープとマットレスの比率を高め雇用を維持するか、事業を大幅に縮小しリストラをするかの決断に迫られた。そこでメインバンクのA銀行が支援することになった。

 この検討を担当しているのが、新規ビジネス企画課の陶山室長と岸井である。岸井は、現在の北近畿化学機械の強み、製造コスト、販路の状況などの分析を行い陶山に説明した。