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老舗の料理道具販売店がECサイトや100円ショップに押され経営が傾いている。他にない強みは、終戦直後からプロ料理人を相手に商売してきたノウハウだ。価値は仕入れるのでなく、自らニーズをつかんでつくる。低価格戦略へ走れば未来はない。

 「岸井、料理道具販売会社の『上田屋』の業績が悪いんだって?聞いたよ。あそこは3代目が継いだけど、料理道具は今、どこでも安く買える時代だから、1店舗しかない上田屋の業績が悪くなるのは仕方ないかもな」

 経営企画課長の西部和彦は、Web会議システムを通してシステム企画室の岸井雄介に話しかけた。

 「西部課長、上田屋はほぼ経営危機です。何かアイデアはありますか?上田屋は70年以上続く老舗ですが、現在、料理道具はECサイトで多種類から選べたり、100円ショップで買えたりするので、最盛期から6割も売り上げが減り、客数も減少しています」

 「上田屋の鍋やフライパンは、母が使いやすく長持ちすると言って買っていたよ。だけど、自分が家庭を持ってからは、スーパーや雑貨店で買っているな。土野子橋は数回行っただけだよ」

 「そうなんですよ。客を上田屋に戻すためには低価格戦略で数を取ることが先決と考えています」

 「岸井、それは危険だよ。低価格がさらに低価格を呼んで価格競争が激しくなり疲弊する。上田屋のオリジナルの価値を高めないと未来はない」

 「課長もそう言いますか?立花さんからも同じことを言われました」

 「デジタルビジネス推進室の立花佳祐室長?」

 「そうです。立花さんに上田屋の経営が厳しいので3代目で終わるかもしれないと説明したら、『客の欲求に寄り添っていない』って言うんです」

 岸井雄介は35歳、西日本の地方銀行A銀行に入社以来システム開発に従事し、現在はシステム企画室の課長補佐である。最近A銀行が買収したFintech子会社の企画部と兼務になり、さらにグループ横断的検討プロジェクトのメンバーになった。

 西部和彦は37歳、A銀行でシステム企画を担当し、多くの仕事を成功させてきたエースで岸井の大学の先輩でもある。出向していたITコンサルティング会社から復帰し、事業への貢献が認められ経営企画課長に昇進した。

 岸井は現在、デジタルビジネス推進室と共同で、北近畿の土野子橋(つちのこばし)付近地域で戦後の1950年代に創業した「上田屋」の顧客拡大および業績改善企画を検討している。