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 2022年4月4日、シャープの堺本社で「とある」入退管理システムが稼働を始めた。来訪者は事前に送られたメールのQRコードを受付で提示し、敷地に入る。帰りも同様にQRコードを提示すると、いつ誰が入退場したかが全てシステムに記録される――。

 一見、最近よく目にする入退管理の仕組みだが、同社の場合は少し事情が異なる。同システムは同社のIT部門が全て自前で開発したからだ。

シャープのIT部門が開発した入退管理システム
シャープのIT部門が開発した入退管理システム
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 情報システムの企画機能のみを持ち、開発をITベンダーに依存するユーザー企業が多い中、同社は2017年を境に、システム開発を内製する体制に大きく舵(かじ)を切った。現在は企画、設計、開発、保守まで全ての開発工程を自前で手がける。売り上げに直結する基幹系システム、業務効率化を目的にした情報系システムなど、グループ約4万8000人の従業員を支えるあらゆるシステムが内製の対象だ。

 この入退管理システムもIT部門のお手製で、これまで来訪者と紙でやり取りしていた入館手続きを、全てデジタルで完結できるようにした。

 「こういった細かなシステムを一つひとつ自前で開発できるようになったのは、ここ数年で強化してきた内製の賜物(たまもの)だ」。同社IT部門を率いる柴原和年ITソリューション事業部事業部長はこう胸を張る。

シャープの柴原和年 ITソリューション事業部事業部長(写真:宮田 昌彦)
シャープの柴原和年 ITソリューション事業部事業部長(写真:宮田 昌彦)
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 柴原事業部長によると、同社は多くのユーザー企業と同様に、2000年代のアウトソーシングブームの頃からシステム開発をITベンダーに外注していた。それがいつしか「IT施策の全てをベンダーに依存してしまい、自ら考えて工夫する力が衰えていった」(柴原事業部長)といい、結果的にIT部門の弱体化を招いていた。

鴻海による買収が契機に

 だが2016年にIT部門が大きく変わる契機となる出来事があった。経営危機を経て、シャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業グループの傘下に加わったのだ。シャープの再建を託され鴻海から送り込まれた戴正呉氏は、社長(当時、現会長)に就くとすぐにコスト意識を徹底するよう全社に大号令をかけた。鴻海流の徹底したコストの見直しにより、1年足らずでシャープが黒字転換したのは有名な話だ。

シャープの戴正呉会長(写真:共同通信)
シャープの戴正呉会長(写真:共同通信)
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 その立て直しの一環で、IT部門も社内での位置付けが見直された。従来の管理部門扱いではなく、1つの事業部門として他の事業部と同列に扱い、「売り上げ」や「利益」をKPI(重要業績評価指標)としてシビアに見る体制に移行したのだ。ここでの「売り上げ」や「利益」は、社内システムの見直しによるコスト削減額などを指す。

 このタイミングで柴原事業部長の発案により、同社はシステム開発の内製化を決断。当時、ITベンダー主導で進めていたメインフレームからの脱却プロジェクトがあったが、これも一旦白紙に戻した。

 「もともとベンダーに依存している体制に危機感があった。(IT部門が)自ら手を動かし工夫する努力を抜きに、本当に良いシステムはつくれない」。柴原事業部長は内製の意義をそう語る。さらに「内製はコストに加え、品質やスピードを含むQCDの全てにメリットがある。会長から内製化を指示されたわけではないが、(戴会長が)自ら考えて素早く行動に移す重要性を強調しており、我々IT部門は内製に取り組むべきだと判断した」(柴原事業部長)。「外注費は1円でも会長決裁」というコスト管理を含む鴻海流の改革が、同社IT部門を内製に向かわせたといっても過言ではない。