ジョブ型雇用が注目される背景には、日本型雇用が限界に来ていることがある。専門性の高い人材は育たず、多様な人材を受け入れるのも難しい。既存制度の問題をどう解決できるのか。導入や運用のポイントは。素朴な疑問を解き明かす。
Q. なぜIT人材にジョブ型?
A. 高度人材の採用へ、賃金と働き方の課題を解決
本来の意味で言えば、ジョブ型雇用とは職務(ジョブ)に基づいた雇用である。「ジョブ型」が世間で最初に話題を集めたのは2013年、政府の規制改革会議が雇用改革の切り札として取り上げたときだ。このとき「ジョブ型正社員」の定義は「職務、勤務地、労働時間のいずれか、または複数の要素が限定された正社員の雇用形態」だった。
このためジョブ型正社員は「限定正社員」とも呼ばれる。対義語は「無限定正社員」。職種、勤務地、労働時間などの限定がない正社員のことだ。特に日本の大企業では正社員は無限定正社員という性格が強い。会社のメンバーになる「就社」の意味でメンバーシップ型雇用とも呼ばれる。
ジョブ型のメリットは職務を明確にすることで、社員1人ひとりの専門性を生かしやすいとされる点。一方、職務がなくなればその社員は解雇されてしまう点がデメリットの1つだ。
メンバーシップ型の弊害の1つは「社員の専門性が一般的に低い」(慶応義塾大学の鶴光太郎教授)ことだ。無限定正社員は新卒一括採用で入社した後、様々な部署を経験して会社の業務に精通したゼネラリストになることが多い。「育児や介護との両立が難しいのも弱点だ」(東京大学の本田由紀教授)。女性の社会進出により夫婦の家事や育児の分担が進むと、転勤や残業に応じられなくなる社員が増える。
専門性を高めにくく、多様な人材の活躍を期待しづらいメンバーシップ型雇用の欠点は、とりわけ高度IT人材に顕著だ。しかもメンバーシップ型は無期契約の雇用期間にわたって賃金分の成果を回収することになるため、ジョブ型に比べて若い人材の賃金が少なくなりやすい。これも高度IT人材を処遇する上では不利な点だ。
デジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるには、自ら課題を見つけ、ITを駆使して仕組みを変える高度IT人材が不可欠。専門性の定めやすさも相まって、IT人材にジョブ型雇用を導入する機運が高まっている。
Q. ジョブディスクリプションって何?
A. 職務を詳述、賃金を結びつける
ジョブ型雇用を導入するにはまず社内にどのような仕事や職務があるか調査する必要がある。具体的にはそれぞれの仕事に求められる知識や能力、業務負荷や難易度などを明らかにする職務分析を実施する。結果に基づいて、職務の担当者ごとに所属、職務の概要、遂行に必要なスキルなどを明記する。これがジョブディスクリプション(職務記述書、JD)である。職務のそれぞれに賃金をひも付ける。
ジョブ型を取り入れた企業はJDによって職務内容を明記したうえで人材を採用する。異動は主に社内公募で、やはりJDに基づく本人の同意が必要だ。作成時だけではなく、その後もJDを更新する必要がある。あまり詳細に書き込まず、簡潔に書く方がよいだろう。
「ジョブ型雇用では職務記述書に基づいて成果主義が進む」という説明もあるが、厳密には誤り。本来のジョブ型は成果型の賃金制度とは無縁だ。同じ職務を続ける限り、同じ賃金(単一給)が支払われる。ただし社員のエンゲージメントを高めるため、賃金に一定の幅を設定し、人事評価によって昇降給する範囲給(レンジレート)を導入する企業もある。
「JDを作ればジョブ型雇用になるわけではない」(労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎研究所長)。メンバーシップ型は「人ありき」なのに対し、ジョブ型は「職務ありき」。そこでJDで職務内容を明示する必要があるのだ。