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 トランジスタの集積度が1年半~2年ごとに2倍になる「ムーアの法則」が間もなく終焉(しゅうえん)するとの見方が強まっている。ムーアの法則が終わってプロセッサーの性能向上が見込めなくなると、IT業界は「暗黒時代」に突入すると思いきや、コンピューター科学者は逆に「黄金時代がやってきた」と興奮し始めている。

 「コンピューターアーキテクチャーの新しい黄金時代がやってきた」。そんな主張を全社的に展開している米グーグルのウルス・ヘルツル上級副社長にその真意を聞く機会を得た。同氏はグーグルでテクノロジーインフラストラクチャー開発を統括している。

ヘネ・パタの両氏が提唱

 新しい黄金時代という表現を最初に使い始めたのは、コンピューター科学分野のノーベル賞とも呼ばれるチューリング賞を2017年に共同受賞したジョン・ヘネシー氏とデイビッド・パターソン氏だ。

 スタンフォード大学の研究者時代、ヘネシー氏が率いたプロセッサー開発プロジェクトに参加していたグーグルのヘルツル氏は、「コンピューターの世界を長らく支配してきたムーアの法則が通用しなくなり、科学者は新しいやり方を自由に探してよいことになった。だからこそ科学者にとっては、これからが黄金時代なのだ」と語る。

 これまでの30年間は、ムーアの法則に従い米インテルの「x86プロセッサー」や各社のRISCプロセッサーなど汎用プロセッサーの性能が伸び続けた。ユーザーはハードウエアを買い替えるだけで性能向上を享受できた。

 一方、コンピューター科学者にとっては腕の振るいどころが限られた。「スーパーコンピューターで使われていたベクトル型プロセッサーなど、汎用プロセッサー以外の選択肢が次々と姿を消していった」(ヘルツル氏)。

消費電力はもう限界

 しかし近年、半導体製造プロセスの微細化が限界に近づき、トランジスタの集積度を上げるのが難しくなっている。ムーアの法則が有効だった時代は、プロセッサーの消費電力を抑えながら性能を上げられたが、近年のプロセッサーは消費電力が上がる一方だ。

 グーグルが開発する機械学習専用の「第3世代TPU」はプロセッサー1個で400ワットもの電力を消費する。10年前のサーバー用プロセッサーの実に4倍だ。第3世代TPUは消費電力が増えすぎたため、グーグルはプロセッサーの冷却に液冷を採用した。それでもこれ以上消費電力を増やすのは難しいという。そこで「今後はトランジスタの使い方、すなわちコンピューターアーキテクチャーの工夫で性能を引き上げるしかなくなった」(ヘルツル氏)。

 この状況がなぜ「黄金時代」なのか。「科学者にとって新しいアイデアを探す自由度がかつてなく高まっているからだ」。ヘルツル氏はそう説明する。同時に現在は、科学者が風変わりなアイデアを試すコストも下がった。「巨大な分散システムを構築するアイデアを試す場合、10年前であれば何百万ドルも投資をして巨大なデータセンターを用意する必要があった。現在はパブリッククラウドを利用して何千、何万台ものサーバーを安いコストで利用できる。アイデアを試すまでのハードルが大きく下がった」(同氏)。

 ヘルツル氏は2009年に書籍「The Datacenter as a Computer」を著し、グーグルがコンピューターメーカーとしての実力を備えた事実を世に知らしめた。同書は2018年に第3版となり、ヘルツル氏率いる開発チームは新しいアーキテクチャーを生み出すとの気概に燃えている。コンピューター科学のトレンドをグーグルが主導する状況は当面続きそうだ。

中田 敦(なかだ・あつし)
中田 敦(なかだ・あつし) 日経xTECH/日経コンピュータ副編集長。1998年日経BP入社。2015年4月から19年3月までシリコンバレー支局長。著書に「クラウド大全」(共著)や「GE 巨人の復活」がある。