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 米アルファベット傘下のスマートシティー開発会社である米サイドウオークラボが、カナダのトロント市で進めていた都市再開発計画から撤退した。地元とのあつれきを抱えていたプロジェクトだったが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う不動産市況の悪化がとどめを刺した格好だ。

 2015年設立のサイドウオークは米グーグルの兄弟会社にあたる。同社は2017年10月にトロント市が進めるオンタリオ湖岸の再開発計画「キーサイドプロジェクト」に参加。2019年6月には1500ページを超える「マスタープラン」を発表し、MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)やセンサーデータの活用などを柱とするスマートシティー建設計画を明らかにしていた。

 しかしサイドウオークのダニエル・ドクトロフCEO(最高経営責任者)は2020年5月7日(現地時間)に声明を発表し、新型コロナ禍の中で12エーカー(約4万8500平方メートル)のプロジェクトを財政的に成立させるのが難しくなったとして撤退を明らかにした。

 そもそもサイドウオークによる計画は波乱含みだった。グーグルの兄弟会社が手がけるプロジェクトであることから、市民団体がデータの乱用によるプライバシー侵害を懸念していただけではない。トロント市など地元の自治体も困惑していた。筆者が2019年11月に地元自治体でサイドウオークとの交渉に当たっていた経験のある人物に話を聞いた際、その人物が「州や市がサイドウオークを誘致したわけではない」と語っていたのが印象的だった。

 地元自治体が考えていたのは、東京ドーム1個分ほどの工場跡地の再開発だった。それにサイドウオークが目を付け、よくある再開発計画が、誰も見たことのないスマートシティー建設計画に変貌した。当初計画の60倍以上の面積があるウオーターフロント地域全体、300万平方メートルの再開発計画を打ち出してきた。これがマスタープランだ。

 住民や自治体が警戒を強める中、同社のマスタープランを巡る議論は紛糾。サイドウオークは再開発計画を縮小するも、2020年5月に計画そのものから撤退した。

測りづらいメリット、明確なコスト

 サイドウオークのトロントにおける計画と挫折が浮き彫りにしたのは、スマートシティーは実際に完成するまでそのメリットを計測しづらいのに対して、コストは計画の段階で明確になるということだ。

 スマートシティーの計画には新しい雇用の創出やエネルギー消費の削減、治安の改善などがうたわれるが、そうした果実が本当にもたらされるかどうかは誰にも分からない。それに対してコストは分かりやすい。データ活用のユースケースを審査する独立機関の運営費を誰が負担するのか。それでもプライバシー侵害が起こったときは、その損害を誰が負担するのか。スマートシティーを推進する側は、そうした疑問に答えなければならない。

 そう考えると、トヨタ自動車が「Woven City(ウーブン・シティー)」と呼ぶクローズドな空間でスマートシティーの実証実験をしようとしているのは合理的に見える。2020年末に閉鎖予定のトヨタ自動車東日本の東富士工場(静岡県裾野市)跡地に、トヨタの従業員やプロジェクトの関係者など約2000人の住民が暮らすのだという。それに比べるとサイドウオークはオープンにやり過ぎたのかもしれない。

 もちろんプライバシーを巡る議論はオープンに進めるべきである。サイドウオークが2年以上を費やして進めたトロント市民や自治体との対話には、スマートシティーの未来を考える上での貴重な知見が詰まっているだろう。トロントでの経験が今後に生かされることを願っている。

中田 敦 (なかだ・あつし)
日経クロステック/日経コンピュータ副編集長
中田 敦 (なかだ・あつし) 1998年日経BP入社。2015年4月から19年3月までシリコンバレー支局長。著書に「クラウド大全」(共著)や「GE 巨人の復活」がある。