日本企業の多くがイノベーションの大切さを強調する。だがAIの時代を前に、イノベーションに対する認識を改める必要がある。その上で多種多様な人材が活躍できる土壌づくりが欠かせない。
この連載は野村総合研究所(NRI)における調査研究の成果を基に2030年のオフィスや組織のあり方を解説している。前回はAI(人工知能)時代の人事評価のあり方について説明した。
人が担っていた仕事の多くをAIが肩代わりする時代は、技術革新が今よりも日常的になると考えられる。企業がつくり出す製品やサービスの技術革新に利用者が驚く機会は減り、製品やサービスが社会課題の解決にどれだけ寄与するかに関心が向くようになる。
企業が存続する上でイノベーションは必須と言える。そのイノベーションを生み出し、多種多様な社会課題を解決するには連載で何回か触れた多様性(ダイバーシティ)が鍵を握る。今回は属性や価値観の違いといった人材の多様性を企業がどのように取り入れる必要があるのかと、AI時代における組織内のマネジメントを人材の多様性にどう対応させるかを考えていく。
技術革新の真意とは
イノベーションという言葉は頻繁に利用されている。まず、この言葉が本来、どのような事象を指すのかを確認したい。
イノベーションについては、経済学者のジョセフ・シュンペーターが1911年に定義したとされる。内容は以下の5項目から成る。
(1)消費者の間でまだ知られていない新しい財貨(モノ・サービス)の生産
(2)新しい生産方針の導入
(3)新しい販路の開拓
(4)原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
(5)新しい組織の実現
日本では1958年に政府の経済白書でイノベーションを「技術革新」と訳した。このため、技術革新という意味合いが現在も定着していると思われる。だが、これはシュンペーターが示した定義の一部にすぎない。イノベーションは技術革新にとどまらず、社会に新しい価値をもたらす事象を指すという点を認識する必要がある。
日本版のイノベーションの意味が間違っているとは言えない。だが技術革新という言葉はシュンペーターの定義の(1)消費者の間でまだ知られていない新しい財貨(モノ・サービス)の生産や(4)原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得といった、技術的な側面における進歩しか捉えていない。本来の意味のイノベーションを創出するには他の要素も検討しなければならない。
欧米では近年、企業は社会の課題解決に寄与することで、社会に新しい価値を与える存在となるのが望ましいとする風潮が高まっている。社会課題を解決する製品やサービスが求められている。
ビジネス思想家のマイケル・ポーターは企業によるイノベーションについて、以下の趣旨を述べている。
企業はイノベーションを社会課題の解決に引き寄せて検討すべきである。技術革新に寄りすぎると、かえって社会の課題を引き起こしうる。社会課題の解決がビジネスの利益を生むことにつながる。
このようにイノベーションは技術革新にとどまらず、社会課題を解決するための製品やサービスを開発し、社会へのインパクトや新しい価値を生み出す事象だと整理できる。