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 「新型コロナウイルスの感染が怖くてあまり外出したくないけれど、買い物はしないと生活できない。店舗の滞在時間を短くできるサービスは大変ありがたい」――。緊急事態宣言下の5月半ば、埼玉県さいたま市にあるホームセンター「カインズ浦和美園店」で買い物をしていた30代の女性はこう語る。カインズが手掛ける取り置きサービス「CAINZ PickUp(カインズピックアップ)」を絶賛した。

 同サービスを使うとカインズのEC(電子商取引)サイトやスマートフォン向けアプリで事前に商品を注文して、店舗の取り置き専用ロッカーやサービスカウンターで商品を受け取れる。新型コロナの影響もあり、浦和美園店の専用ロッカーは連日フル稼働しているという。女性は衣料用液体洗剤1点を受け取り、滞在時間3分ほどで足早に店を後にした。

図 店頭の専用ロッカーやサービスカウンターを使った取り置きサービス「CAINZ PickUp」
図 店頭の専用ロッカーやサービスカウンターを使った取り置きサービス「CAINZ PickUp」
ネット注文し店頭のロッカーで受け取り
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 カインズがCAINZ PickUpを全店で開始したのは緊急事態宣言が出て間もない2020年4月10日のこと。当初は5月に始める予定だったが、「新型コロナウイルスの感染リスクを下げるためには顧客の買い物にかかる時間を短縮しながらも必要な商品を買ってもらえる仕組みが必要と考え、前倒しを決めた」と高家正行社長は語る。

 取り置きサービスを早期に開始できたのは、2019年から力を注ぐデジタル戦略の成果と言える。IT組織を再編し、徹底した「内製化」を進めていたため急ピッチで開発できた。

デジタルに最大150億円投資

 カインズは2019年3月に高家氏が社長に就任して以降、「IT小売業に生まれ変わる」として、怒濤(どとう)のデジタル攻勢に乗り出している。同年3月には初の3カ年中期経営計画(2019~2021年度)を策定し、デジタル関連事業に3年間で100億~150億円を投資すると表明した。同社の年間売上高の2.3~3.4%に相当する額だ。

図 カインズの中期経営計画におけるデジタル関連事業の内容
図 カインズの中期経営計画におけるデジタル関連事業の内容
初の中期経営計画でデジタル推進を宣言
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 顧客との直接の接点となる店舗を持つ小売業としての強みを生かしつつ、4つの軸でデジタル活用を進めるという。軸の1つが「ストレスフリー」。店舗にもネットのような利便性を取り入れ買い物のわずらわしさを解消することを指す。「エモーショナル」は発見やアイデアあふれる体験の場を提供することだ。

 さらにIT活用で集めたデータを使って顧客1人ひとりに最適な提案ができる「パーソナライズ」、顧客とのつながりを継続的に保つ「コミュニティー」という軸に沿って取り組む。

 「次のカインズを創るための施策であり、新たな創業期と位置付けている」。高家社長はデジタル活用に乗り出した同社の方針をこう表現する。デジタル組織新設や店舗における様々なデジタル施策、米国シリコンバレーのコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)新設、小売業界注目ベンチャーの米ベータ(b8ta)日本法人との業務提携。中計の策定以降、矢継ぎ早にデジタル施策を打ってきた。

 なぜ今カインズがデジタルに注力するのか。背景には国内ホームセンター市場の伸び悩みがある。

 日本DIY・ホームセンター協会の推計によると、2019年度のホームセンター市場は3兆9890億円と横ばい状態が10年以上続く。市場は成長していない一方で店舗数だけが毎年増えており「完全にオーバーストアの状態」(高家社長)だ。

図 ホームセンター市場の売上高と店舗数の推移(推計)
図 ホームセンター市場の売上高と店舗数の推移(推計)
市場規模は横ばいが続く(出所:日本DIY・ホームセンター協会)
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 同業間に加えEC事業者やディスカウントストア、ドラッグストアなどとの競争も激しさを増している。カインズの2020年2月期の売上高は前期比4.7%増の4410億円と7期連続の増収。ホームセンター市場全体の平均を上回る成長を続けているものの、従来通りの出店戦略では成長が難しくなってきている。

 カインズはデジタル技術を駆使して既存店の売上高と利益を伸ばす「高収益モデル」の確立を目指す。新規出店やM&A(合併・買収)で店舗を増やし成長する方針の競合他社と一線を画す考えだ。