国内最大の自動車部品メーカー、デンソーが全社を挙げてソフト開発の力を磨き始めている。アジャイル開発の最新手法を取り入れ、新たなデジタルサービスの構築を狙う。自動運転やコネクテッドカーなどクルマとITの融合が進むなか、次の時代も自動車製造のティア1(1次サプライヤー)で居続けるための挑戦だ。

 カイゼンやすり合わせを得意とする日本の製造業と、ゼロから新しい事業を生み出すシリコンバレーのIT企業。デンソーが挑むのは異なる文化を融合させたデジタルサービス開発だ。実現に向けて、アジャイル手法を中心にしたソフトウエア開発の能力に磨きをかけている。

 実はデンソーはソフト開発の経験そのものは豊富だ。エンジン制御システムのソフト、センサーの信号から情報を読み取るソフトなど、各種の自動車部品やモジュールに組み込むソフトを多数開発してきたからだ。仕様が明確なソフトを高品質に仕上げる能力は国内でもトップクラスと言える。

 一方、デジタルイノベーション室が目指すのは試行錯誤しながら全く新しいサービスをゼロから生み出すことだ。そのための手法として米グーグルや米アマゾン・ドット・コムなどの破壊的イノベーションを起こしているIT企業と同じ文化や道具、手法を身に付ける。

 「製品がネットにつながると大きな転換が起きる。つながった後はサーバー側でどんな価値を生み出すかの勝負になるからだ。その時にIT企業のようにテーマに応じて外部と柔軟に協調できるようになるべきだ」(成迫氏)。協業には相手と同じ道具や手法が欠かせない。

 アジャイル開発手法の一種で、プロジェクトを短い単位に区切り少人数のチームで開発とテストを反復する「スクラム開発」を導入した。最初のチームが立ち上がったのは2017年5月。技術開発部門が利用する映像検索用ソフトの開発だった。「走行中の撮影データを場面や天候に応じて検索したいというニーズだった。どんなシーンが必要か、どんな検索方法が良いか、などの要件定義ができておらず、デザイン思考やアジャイル開発の手法が適していた」(成迫氏)。

 成迫氏らがもたらす異文化は抵抗や摩擦を生む恐れもあった。「モノ作りを知らない連中が何か始めたらしい」。デジタルイノベーション室がアジャイルの手法を強引に導入しようとすれば、現場の反発を招くことは容易に想像できた。

 そこで新手法を浸透させるために取り組んだのが「社内マーケティング」(成迫氏)だ。まず社内の各部門にデジタルイノベーション室の取り組みを説明して回った。「現場の大半はクラウドやアジャイルと縁がなかった人たちだ。新しい手法を押しつけるのではなく、我々がモノ作りの技術を持つ部門に寄り添うようにした」(同)。

 デンソーの全てのソフトをアジャイルで開発すれば良いわけではない。新組織の役割や効果が見込める用途を説明し、アジャイル開発に適したプロジェクトを共に見つけ出して成功例を積み重ねるよう心掛けた。

 身の丈に合った組織規模を保つため、新組織の人員を無理に増やそうとはしなかった。先に人数を確保して事業を探すと、チームを維持することが目的になってしまうと考えた。アジャイルに向くプロジェクトを請け負うことを優先し、プロジェクトの増加に合わせて人数を増やすようにした。

図 アジャイル開発を実践する部門の変遷
図 アジャイル開発を実践する部門の変遷
新組織の規模は1年間で20倍に
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社内マーケティングが結実

 成迫氏の社内マーケティングは着実に実を結んでいった。9月には第2チームが発足。社内の担当部門から受注したのは、運送・運輸事業者向け運行管理システムの次世代版の開発だ。トラックなど商用車のデジタル運行計のデータを収集、分析する。

 同システムの担当事業部は次世代版の開発に当たり、潜在的な顧客ニーズを満たすにはクラウドやOSSを使いながら迅速に開発するデジタルイノベーション室の体制が適していると判断した。現行版はデンソーのIT子会社に委託して開発したものだった。その後も2017年12月に第3チーム、そして2018年5月に第4チームと第5チームが相次いで立ち上がった。

 わずか2人でスタートした組織は、デンソー社員が15人弱、常駐する協力会社社員が25人弱の合計40人規模まで増えた。「当初の想定よりも早く拡大している。愛知県刈谷市の本社から新横浜まで新幹線に乗って見に来る人も増えた」と成迫氏は手応えを話す。

 成迫氏と旧知のクリエーションラインの安田氏は、デジタルイノベーション室のアジャイル導入を支援した。「メーカーの常識や既存の文化にとらわれることなく、IT業界で良いとされる手法を素直に導入したのが好スタートの秘訣だろう」と分析する。

 順調に拡大を続けるデジタル戦略の推進組織。だがメンバーたちにとっては手探りだった。