料金を変動させて交通量制御
ライドシェア大手の米ウーバー・テクノロジーズなどが採用していることで知られる「ダイナミックプライシング」。料金を時間帯や利用状況に応じて変動させる手法だ。
NECは道路料金に関するダイナミックプライシングにAIを活用するユニークな取り組みを進めている。AIを使って交通量を予測し、結果を基に有料道路の料金を変動させる。「混雑する時間帯に料金を高くして利用車を減らすなどして渋滞を防ぐのが狙い」とNECの西岡到データサイエンス研究所主任研究員は説明する。
2018年10月までの1年間にわたり、北米のある地域のデータを使ってAIの検証を進める。「シミュレーションでは、有料道路の渋滞累積時間(渋滞状態の合計)を約8割削減できる効果が得られた」と西岡主任研究員は話す。2019年度にも、システムにAIを組み込んで実際の料金設定に反映させる計画だ。
NECは交通量や渋滞を予測する「交通量予測」AIと、予測結果に応じてリアルタイムに料金を変える「最適価格提案」AIの2種類を使う。
まず道路の脇に取り付けたレーザーで車の台数や走行速度を測定する。交通量予測AIは測定結果から求めた交通量と、曜日や時間帯などのカレンダー情報、天気情報を基に予測モデルを作る。NECの機械学習手法である「異種混合学習」を使い、「水曜日のこの時間帯で雨が降っている場合」など複数のパターンを自動生成。カレンダーや天気情報を基に、一般道路と有料道路を合わせた交通量である全体交通量を予測する。
この結果を受けて、最適価格提案AIが最適な料金を提案する。学習データとして全体交通量のほか、どれくらいの割合の車が有料道路を使うかといった情報、走行速度、料金などを利用。予測モデルをつくる。
1つめのAIが算出した予測交通量を入力すると、ある全体交通量に対しての設定料金と有料道路の状態の相関性を分析。時速70キロメートル以上の速度を保てるための最適な料金を提案する。
産官学で信号の自律分散に挑む
AIで渋滞を解消する取り組みが進む一方、適用のハードルは高い。特に日本では道路や信号は国土交通省や警視庁、県警などが管轄しているほか、「特定の専業メーカーが協力しており、AIを得意とするIT企業が新たに参入するのは容易でない」(業界関係者)。
それでも「潮目が変わり始めている」と、AIの信号制御応用に携わる、慶応義塾大学の栗原聡理工学部管理工学科教授は自信を見せる。
象徴と言えるのが新たな産官学プロジェクトの旗揚げだ。名称は「人工知能を活用した交通信号制御の高度化に関する研究開発」。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2018年6月28日に採択した。慶応大や東京大学、経済産業省系の産業技術総合研究所に加えて、NECや住友電気工業などのメーカー、交通管理システムの研究開発を手掛けており警察庁と関わりの深いUTMS協会などが参加する。日本の信号制御に関わるステークホルダーがほぼ結集することになる。
プロジェクトは最長2022年度まで。2019年度までを前段階の研究期間と位置付け、審査を経て2020年度から本格的な研究開発に移る計画だ。
主要テーマの1つとなる可能性が高いのが「自律分散」である。中央のセンターで信号全体を制御する「集中制御」ではなく、個々の信号が互いに協調や連携をしながら最適制御を図るイメージだ。
日本の交通はあらかじめ決めたパラメーターに基づいて信号機を制御する集中制御を取っている。だが最近になって集中制御型の問題点が見えてきた。渋滞回避には「渋滞の芽」を早く摘む姿勢が欠かせない。それには「渋滞の芽を見つけてから5分以内にアクションを取れるかが勝負」(栗原教授)。ところが情報を1カ所に集める集中制御型では「どう頑張っても10分はかかる。渋滞の芽を摘むには遅すぎる」(同)。さらに集中制御型は地震や津波などの災害時や緊急車両が通過する異常時の対応に弱い。
昨今のAIやエッジコンピューティングに関連する技術の進化もあり、「国や警視庁などもAIや自律分散に関心を示し始めている」(栗原教授)。これが潮目が変わり始めたとする意味だ。ただし全てを自律分散型にするわけでなく、集中型との併用が現実的だろう。「渋滞がない平常時は集中型の方が効率がよい」と栗原教授は話す。