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イノベーションが活発な組織には一種の「型」がありそうだ。しかも、こうした型を組織全体の5%というわずかな部分に導入するだけで、既存の企業や組織がイノベーティブに生まれ変われる可能性がある。

 組織がイノベーティブに生まれ変わるには、「上意下達の官僚制組織」から「平社員と役員が議論し合えるフラットな組織」に変更するといった、大規模な変化が必要だと思われるかもしれない。だが、そんな大規模な変更は実際にはなかなか難しい。

 最新のコンピュータシミュレーション手法は、ここに希望をもたらしてくれる。組織がイノベーティブになるためには大規模な変更は必ずしも必要でない、と教えてくれるからだ。

「革新度」はネットワークが決める

 これまで「保守的な大企業」「革新的なベンチャー」というように、企業の大小とイノベーティブの度合いとが関連するという議論が多かった。

 だが近年は、イノベーティブな組織とそうでない組織の差は、組織の規模ではなく組織内の「人のネットワークの形」によるところが大きいとする研究成果が相次いでいる。

 ネットワーク形状の違いは、組織の内外の「人と人とのつながりやすさ」、ひいては「組織の機動力」に影響する。手始めとして、ネットワーク形態の違いが生み出す効果について、以下の単純な例で確認してみよう。

 5人のメンバーで伝言ゲームをする場合を考えてみる。このとき、5人が縦に1列に並ぶ場合と、5人が円を作る場合とで、伝言の伝わりやすさはどう変わるだろうか。

 図にしてみると一目瞭然だが、列の場合は全員に伝えるのに4回の伝言が必要だ。円環であれば2回の伝言で済むことが分かるだろう。

図 ネットワーク構造による「連絡の素早さ」の違い
図 ネットワーク構造による「連絡の素早さ」の違い
ネットワーク構造が組織のイノベーティブさを決める
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 この伝言ゲームの例は、「同じ人数の集団でも、ネットワークの形によって連絡の素早さが変わる」ことを示唆している。チーム内の人間同士の連絡が素早い、つまり機動力の高い組織がイノベーションを生みやすいことは、既に多くの研究が指摘している。このため、こうしたネットワーク形態を変更することで、組織がイノベーティブになれる可能性がみえてくる。

 この単純な例でいえば、2つの伝言ゲームの結果を分けたのはたった1本のコミュニケーション経路である。1列に並んだ端の人同士がつながるだけで円環のネットワークを形成できる。

 もちろん実際の企業組織は、上記の伝言ゲームより人数が多く、権限などの関係も複雑だ。伝言ゲームの例を実際の企業組織に応用した場合、どのような結果が得られるのだろうか。

2200体の「ロボット」で組織を再現

 こうした疑問を解くために、筆者は「仮想社会」「人工社会」と呼ばれるシミュレーション技術に基づいて、企業組織を模した様々なネットワーク形状を作成し、実験を繰り返した。

 この結果、実は企業組織においても全体のネットワークを大規模に変化させずとも生まれ変わりが可能なこと、しかもそれには個々人が明日からできる小さな変更で十分であることが明らかになってきた。

 ここで、結果の説明に入る前に、人工社会について一度説明したい。

 仮想社会または人工社会とは、人工知能を多数作成することで仮想的な社会を作るシミュレーション技術である。分散人工知能やマルチエージェント・システムとも呼ばれる。

 プログラミング言語としてはオープンソースのNetLogoや、日本発のartisocなどがある。

 シミュレーションにあたっては、まず単純なルールに従って仮想空間で行動する簡易な人工知能を作成する(プログラミングする)。これは仮想空間を生き物のように動き回るもので、「コンピュータ上でだけ生きている体のないロボット」と考えればよい。

 筆者は今回のシミュレーションで、こうしたロボットを2200体複製し、追加の指令を与えることなく自由に動かした。この結果、ロボットたちは一種の「社会」を構成するようになる。ロボットの数は大規模な自動車工場などの平均値を参考にした。

 それぞれのロボットは一定の確率分布に基づく大きさのアイデアをランダムに思いつき、それを周囲と相談し、周囲のアイデアの方が優れていればそのアイデアを渡してしまう、というモデルのもとで動かした。

 このとき、アイデアの実現には同じ大きさの資源(お金、時間、労力のどれと考えてもよい)が必要と仮定した。そして、アイデアを実現するのに必要な資源を各ロボットが手に入れたとき、両者を消費して新しい技術変化(新製品や新生産設備などとみなせる)を生み出すと仮定。技術変化のうち規模の大きなものを「イノベーション」とみなした。2200体の内訳は、2000体の一般人・作業者と200体の技術者・専門家である。専門家は一般人の10倍大きなアイデアを生み出す一方、資源は一般人にランダムに配られており、専門家は資源を持たない。

 こうして設定したロボット一体一体のプログラムを後からいじることなく、ロボットで構成される社会に何らかの条件を与えてみるというのが、人工社会の肝である。今回の実験は「知らない人とランダムに会話する頻度」が通常の10倍であるが他の条件は同一であるロボットを紛れ込ませ、そのロボットの割合を増減させるなどした。