現場主導のリスキリングには「現在の業務をデジタル化する」というゴールがある。だが仕事に追われてデジタル化の発想に至らないメンタルに傾く層が出現する。デジタル化の必要性を自ら感じる状態へと変容させるアプローチが求められる。
本連載では、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進を目指す企業はどのように社員のリスキリングを進めればいいのか、全体計画の立て方から現場を巻き込むコツまで詳しく解説します。
前回はリスキリングの定義を確認した上で、企業のDX推進戦略とリスキリングの関係、経営主導のリスキリング施策のトレンドを解説しました。
経営主導のリスキリングの優れた点は、中長期的な視点に立ってデジタル活用のビジョンを社内で共有できる他、育成する人材の要件などを全体最適の視点で検討できることにあります。一方で課題として、育成する「デジタル人材」を定義することの難しさと、それによって生まれる現業務との乖離(かいり)を挙げました。
今回は現場主導のリスキリングについて、ある架空企業の現場部門を取り上げることで、目的や課題をより具体的にイメージできるようにします。
日本の企業は今、経営主導のリスキリングに加え、現場の事業部門が主導する形のリスキリングも活発に進めています。こうした現場主導のリスキリングは「現在の業務をデジタル化する」という明確で詳細なゴールがあり高い推進力を持つ一方、目下必要なスキルをインプットすることに注力する傾向があります。
経営主導と現場主導、両者は補完関係にあるように見えますが、その連携は簡単ではありません。企業における「現場」とは主に既存事業を指し、その提供価値を高める活動の一環で業務のデジタル化を進めています。
一方で、経営が求めるデジタル化は新たな事業の創造や、既存事業の収益構造を変えるレベルの取り組みも含みます。経営にとってのデジタル化は中期経営計画上では重要なアジェンダではありますが、単年度の収益責任を負う現場のスコープと完全に一致させるのは難しいようです。
業務がデジタル化していなかった
架空企業の現場部門は会社の稼ぎ頭といわれており、常に多くの業務を抱えています。積極的な増員もあり、若手からベテランまで多くの人が働いています。
業務では進捗管理から原価管理、納品書/請求書の処理まで、大量のデータを扱っています。主なデータの流れを「データ収集」「データ集計・加工」「データ分析」「データ報告」の4つで示します。今のままだと手作業の入力や加工、そして分析が必要な状況です。
取引先によってはFAXやメールなど複数の伝達手段を併用するため、受領したデータが漏れないように管理しなければなりません。また、データを集めるためにExcelによる手入力作業も随時発生します。データを集計するため数字の単位をそろえたり、通し番号を振ったり、表記(企業名欄に株式会社を表記しないなど)をそろえたりと、細かなルールに従って加工処理をしなければなりません。
こうして集めたデータを分析し、その結果に基づいて仕事の進捗状況を把握します。その際には進捗状況を測る上で、累積進捗率を見るか期間別進捗率を見るかなど、分析のための計算が必要になります。さらに顧客や上司に報告するために可視化してリポートとして仕上げていきます。膨大な作業が求められる中で早く正確に顧客に報告することが、取引の維持・拡大につながります。