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経営主導のリスキリング施策には要員計画の立案やスキル定義など難関が待ち構える。有望な人材をデジタル推進部署に異動させる場合、本人にも組織にも負荷は大きい。本人とコミュニケーションを正しく取り、伴走型支援を重ねることで成功させよう。

 前回は、事業部門の現場が主導するリスキリング施策の具体的なプロセスについて解説しました。リスキリング施策とは単なるスキル研修ではなく、現場の上司のリーダーシップによるチェンジマネジメントを伴う性質のものだという点を指摘しました。

 今回は経営主導のリスキリングを考察します。経営主導では、デジタル推進を主導する部署を設置し、有望な人材をこの部署に異動させることで、デジタル人材へリスキリングさせていく手法がよく取られます。こうした手法の利点・欠点や具体的なプロセスについて解説します。

 経営陣がリスキリングについて議論して社内に示すべきテーマは多様です。まず経営戦略では、中期経営計画においてデジタル化を目指す方針を示します。

 続いて事業戦略で、各事業部門およびコーポレート部門においてデジタル化を推進する方針を示します。その後、組織の役割整理の議論を経て、デジタル化推進の役割を担う部署を新設、あるいは既存部署にその役割を追加するなどの組織デザインを進めます。

 組織のデザインと並行し、その役割を推進する人材像も示します。これに伴い要員計画として、デジタル推進部署にデジタル人材がどの程度必要なのかを示します。これらを基に、採用/異動配置/内部育成などの施策によって、要員計画の達成に向けて取り組みます。

「労働市場」「戦力」で施策を整理

 ここで要員計画の達成に向けた施策を考えてみます。例として「労働市場」と「人員の戦力」という観点でつくったマトリックスを見てください。

 「外部労働市場」とは、雇用する企業と働く個人によって形成される労働市場を指します。一方「内部労働市場」とは、外部と対比して社内の人材や部署を労働市場と見立てた表現です。一般的な言葉ではないかもしれませんが、人材の採用・異動配置を一元的に捉える上で、こう表現しています。

 「即戦力」は文字通りの意味で、「要育成戦力」は育成すれば戦力になり得る素養を持っている状態を指します。デジタル化推進を担う上で、データ分析やセキュリティーなどのテクニカルスキルは持っていなくとも、業界知識・業務知識、思考力やコミュニケーション力などを持ち合わせていれば、要育成戦力といえます。

 4象限それぞれについて適合する施策を見ていきましょう。

 まずは「内部労働市場×即戦力」に着目します。デジタル化といわれる前から類似の業務に当たっていた人材が社内にいる場合は、彼らを軸としてデジタル化部署をつくることがあります。第2、第3のデジタル人材を獲得するためにも、DX人材要件を定義したりキャリアパスを設計したりするなどの抜てき人事で人材を受け入れる準備活動も見られます。

 次に「外部労働市場×即戦力」に着目します。他社でデジタル化推進業務を担っていたり、データサイエンスやセキュリティー、ビジネスプロセス変革などの業務に当たっていたりした人材の採用を指します。

 人材の争奪戦が繰り広げられる領域であり、外資系IT企業やコンサルティングファーム、メガベンチャー、成功目覚ましいスタートアップなどが採用上の競合に当たります。報酬水準や業務の魅力から裁量の大きさ、役職などのポジション提示まで、既存の人事制度を適用するだけでは良い人材の獲得は困難といわれています。

 「外部労働市場×要育成戦力」の領域も新入社員採用などで同様の現象が起きています。大学や大学院、インターンシップなどで高い基礎能力とデジタルスキルを身につけた人材に対しては、入社1年目ながら年収1000万円超を提示した事例が生まれています。ジョブ型雇用の流れの中で、少しの育成期間で戦力として活躍してもらえそうな若い人材を獲得することに注目が集まります。