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人工知能(AI)の現場導入がPoC(概念実証)で止まるケースが少なくない。AIを業務に適用しようとすると、3つの壁がプロジェクトの進行をはばむ。今回は1つめの「業務制約の壁」を取り上げ、その解決方法を示す。

 「PoC貧乏」「PoC止まり」という言葉に象徴されるように、AI活用のPoC工程から先に進まないケースが相次いでいる。筆者は名古屋大学でソフトウエアエンジニアリングを研究しており、AI活用に取り組む企業の協力を得て調査したところ、AIのスピーディーな業務適用を妨げる3つの壁が浮かび上がった。「業務制約の壁」「業務変更の壁」「保守の壁」である。

 今回は1つめの「業務制約の壁」を取り上げる。この壁はどんなものか、まずは架空のストーリーで紹介しよう。

 大手製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)部門に所属するAさんは生産の効率化、製品の品質向上を目的とし、自社の生産システムに機械学習モデルを導入できないか検討している。生産の効率化や製品の品質向上についてはこれまで様々な試みをしてきており、導入できそうな対象箇所を見つけるだけでも簡単ではない。

 Aさんは多くの会議に参加して、様々な工程や作業内容を聞き、一部の生産設備における消耗部品の交換に改善の余地があることを知った。対象となる生産設備はa、b、cの3種類ある。3種類のいずれも現行では次のように判断し、部品を交換している。

 毎日定刻に熟練者が打音検査と目視で点検し、交換が必要かどうかを判断する。熟練者が目視で問題ないと判断しても、決められた利用期間を過ぎると交換する。

 生産技術部の部門長やリーダーとの会議では、まだ使える部品であっても一定の期間が過ぎると交換する理由を知った。これらの消耗部品が劣化して破断すると、生産設備が故障する場合があり、生産ラインを止めてしまうことがあるという。過去にこの理由で生産ラインが止まり大きな損害につながったことがあるそうだ。

 同じ会議で、機械学習モデルの導入に当たり次の2点について合意した。1つは、カメラで随時撮影した画像を機械学習モデルに与えることで消耗部品の劣化を随時判断し、これまでの熟練者の検査をなくすこと。もう1つは、消耗部品が劣化していなければこれまで決めていた利用期間を過ぎていても利用できるようにすることである。

 Aさんは3種類の消耗部品の劣化を検出する機械学習モデルを作成することにした。新品の消耗部品の画像を様々な角度から1000件撮影し、劣化して交換が必要な部品の画像を2000件以上集めて撮影してモデルに学習させた。カメラの角度や光の当たり具合など、画像の収集に時間がかかった。生産設備bでは、画像だけでは十分な予測精度を得られなかったため、振動センサーを付け、その値と画像の両方を基に予測することにした。

 この機械学習モデルの予測精度は、交換が必要であると検出したとき、実際に交換が必要である割合(適合率)と、交換が必要であるときに交換が必要だと検出できる割合(再現率)の調和平均(逆数の平均の逆数)とした。Aさんが学習データの収集を頑張ったかいもあって、熟練者による検査と同じレベルまで精度を高めることができた。

 改めて生産技術部門との会議で情報提供し、実用化に向けた議論を進めることにした。すると想定していなかったことが分かった。3種類ある生産設備のうち、生産設備aの消耗部品は劣化を判断したタイミングで発注すれば翌週には納品してもらえるが、残りの設備b、cの消耗部品は1カ月前、3カ月前の発注が必要だという。

 Aさんは部品交換について主に生産設備aを対象にその担当者と相談しており、設備b、cも大きな違いはないと考えていた。しかし設備b、cに思わぬ制約が見つかり、業務制約の壁に直面した形だ。

 設備cには別の問題もあった。設備cの消耗部品はサイズが大きいうえに、交換用部品を置いておく場所が限られており、多くの数を置けないことが分かった。従来、6カ月で消耗部品を定期交換することが多かった。設備cは4台あるので、1カ月半おきに1台の定期交換をする計算だ。そのため3カ月前の発注が必要でも、消耗部品が2個あれば欠品することはなかった。機械学習モデルにより交換時期を予測すると、この前提が崩れてストックしておくべき消耗部品の数が変わる。

 Aさんはこうした業務制約の壁を乗り越えるため、幾つかの作業をやり直した。まず生産設備cの使い方において、消耗部品の平均寿命やばらつきを調べた。さらに、生産設備b、cの消耗部品の寿命に関してどのくらい前から予測できるかを調べるため、再度データ収集とモデル構築を実施した。その結果、半月前から十分な精度で交換時期が分かることを確かめた。

 Aさんはこれらの情報を基に、設備b、cの交換用部品の必要在庫数を割り出し、発注フローを設計。業務制約の壁を乗り越えることに成功した。