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機械学習モデル(AI)を業務に適用する際、多くのケースで業務変更が伴う。そのため業務の現場の合意を得ておかなければ、反発を招きかねない。今回はこの「業務変更の壁」を取り上げ、乗り越え方を解説する。

 「PoC(概念実証)貧乏」「PoC止まり」という言葉に象徴されるように、AI活用のPoC工程から先に進まないケースが相次いでいる。筆者は名古屋大学でソフトウエアエンジニアリングを研究しており、AI活用に取り組む企業の協力を得て調査したところ、AIのスピーディーな業務適用を妨げる3つの壁が浮かび上がった。「業務制約の壁」「業務変更の壁」「保守の壁」である。

 前回は「業務制約の壁」を取り上げた。生産設備の部品交換時期を予測する機械学習モデルを例に取ると、部品の発注タイミングや保管場所といった業務制約が、モデルを導入することによって守れなくなってしまうというものだ。

 この壁に続き、今回は2つめの「業務変更の壁」について解説する。前回と同様に、大手製造業でデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組むAさんの架空ストーリーを通じて、具体的にどんな壁に直面するのかを見ていこう。

 大手製造業でDX部門に所属するAさんは、工場の生産効率化、製品の品質向上を目的とし、自社の生産システムへの機械学習モデルの導入を検討している。生産の効率化や製品の品質向上についてはこれまで様々な取り組みを重ねており、導入できそうな部分を見つけるだけでも簡単ではなかった。しかし苦労のかいあって、生産設備の消耗部品の交換時期予測に使うことが決まった。

 カメラや振動センサーで生産設備の消耗部品を監視し、それらのデータを基に、実用に耐え得る精度で機械学習モデルを作成できることを確認した。さらに、実際に生産設備の消耗部品の交換時期を予測できることも確かめた。予測のタイミングや消耗部品の保管、交換に関しても詳細を詰めることができた。

 これまでは劣化とは関係なく、一定期間利用すれば消耗部品を交換していた。機械学習モデルの導入によって、消耗部品が劣化した時点で交換する仕組みに改善する。これにより、消耗部品にかかるコストを削減できることが見えてきた。

 DXをけん引するAさんは生産技術部の部門長とリーダーが参加する会議で進捗を共有し、消耗部品の交換に関して生産現場の担当者であるBさんと具体的な調整をすることになった。生産技術部のリーダーからは「具体的な交換作業は担当のBさんと相談してください。そのミーティングの開催依頼があることをBさんに伝えておきます」と説明があった。

 この時点では特段の問題があるようには思えなかった。しかしBさんとミーティングを開いたところ、機械学習モデルの導入による業務変更についての不備や不満が噴出した。

Bさん「この手順だと、もし機械学習モデルで消耗部品の劣化を予測できずに部品が破断して生産設備の自己保護機能で停止したときは、私が急に呼び出されるのではないですか。これまでは午前にしか打音と目視による検査をしていなかったんですよ。検査で消耗部品に異常が見つかったときと劣化がなくても6カ月たったときに、交換作業をしていました。私の検査や交換業務は朝の一部で済んでいたんです。その後は別の業務があって、全体が計画されているんだけどなあ」

Aさん「いえ、予測は早い段階でできるので、これまでと同じように交換は朝で構いません」

Bさん「でも、もし交換時期の予測が外れると、生産設備の自己保護機能が作動した時点で、私が呼び出されて交換しないといけないのでしょう。予測が外れるのはそちらの不備なんだから、対応はそっちでやってほしいのですけれど。私はこの業務だけやっていればいいというわけではなくて、それ以外の業務もあるのですよ……。それに、実際に部品交換業務を引き受ける立場である私から見ると、98.2%という予測精度(再現率)は十分じゃないなあ。1.8%くらい外れるってことですよね。これまではそういう例外はほとんどなかったんです。だから交換以外の業務も引き受けているのですけど」

Aさん「……」

 結局、AさんはBさんと話が折り合わなかった。そこで改めて生産部門のリーダーも参加する会議を開いて、Bさんをなだめながらどうにか交換の手順をつくった。Aさんにとっては、機械学習モデルの作成よりも業務担当者との合意形成のほうが重荷に感じることが多かった。関係者が多いうえに、関係者の立場によって意見が変わるため、すり合わせに奔走しなければならなかった。