2億種類のタンパク質の立体構造を予測する。分子シミュレーションの結果を短時間で再現する。すごいAIが、創薬や材料開発の世界を変えようとしている。
「AlphaFold2によって時代は変わった」。生命情報科学(バイオインフォマティクス)の研究者である東京工業大学情報理工学院の大上雅史助教は、英ディープマインドが2021年7月にオープンソースとして一般公開したAlphaFold2がバイオサイエンスや創薬に与えたインパクトをこう語る。
AlphaFold2はタンパク質分子の立体構造を予測するAIだ。
人体を構成するタンパク質は、20種類のアミノ酸が鎖状に連なって形作られる。アミノ酸を文字に置き換えると、タンパク質のアミノ酸配列はシンプルな文字列として表現できる。
ところがタンパク質を構成するアミノ酸の鎖は、水の中では非常に複雑な立体構造をとる。そして医薬品がタンパク質の働きを促進したり阻害したりする効果は、タンパク質の立体構造に左右される。ある医薬品候補が特定のタンパク質に対して効くかどうか分析するには、タンパク質のアミノ酸配列を知るだけでは不十分で、タンパク質の立体構造を知る必要があった。
従来の課題は、タンパク質の立体構造を知るのが難しかったことだ。近年は「クライオ電子顕微鏡」を使えば、タンパク質の立体構造を把握できるようになった。2017年のノーベル化学賞は、クライオ電子顕微鏡の開発者に贈られた。しかしそれでもタンパク質の立体構造を調べる作業には、数年単位の期間や多額の費用が必要だった。
人体を構成するタンパク質は約10万種類もあり、電子顕微鏡を使って調べ尽くすのは難しい。こうした事情から研究者は50年も前から、タンパク質のアミノ酸配列からその立体構造を予測する研究を続けてきた。