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今後10年、モバイル通信の主役を務める「5G(第5世代移動通信システム)」。その世界的な開発競争において、日本が存在感を示せないでいる。さらに特許侵害リスクが日本の全産業に及びつつある。

 日本の携帯電話会社は5Gサービスの商用化で米国や韓国に1年遅れ、携帯電話基地局の売上高世界シェアでも国内メーカーは1%程度にとどまる。それにも増して懸念されるのが、技術力のバロメーターと言える5G関連特許を、海外の大手通信機器メーカーに軒並み押さえられている点だ。

表 5Gの「標準必須特許(SEP)」保有件数
日本勢の劣勢が続く(ドイツIPリティックス調べ、2020年1月1日時点)
表 5Gの「標準必須特許(SEP)」保有件数
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 ドイツの特許データベース会社IPリティックスによると、5G関連の「標準必須特許(SEP:スタンダード・エッセンシャル・パテント)」の保有件数で世界トップは中国ファーウェイである。同社が保有するSEPは2020年1月1日時点で3147件にのぼる。

 2位は2795件を持つ保有する韓国サムスン電子。以下、3位が2561件の中国ZTE、4位が2300件の韓国LG電子、5位が2149件のフィンランドのノキア、6位が1494件のスウェーデンのエリクソンと続く。

 日本勢はどうか。最高位はシャープの9位で保有件数は747件。続く10位が721件のNTTドコモである。NECは122件で16位、富士通は58件で23位にとどまっている。

 SEP保有件数を国・地域別のシェアで見ても日本勢の劣勢は顕著だ。IPリティックスによるとシェア1位は中国の32.97%。2位は韓国で27.07%、3位は欧州で16.98%、4位が米国の14.13%と続く。これに対して日本は8.84%にすぎず中国の4分の1程度しかない。

訴訟リスクが情報通信産業以外にも

 SEPとは、その特許を使うことなしに標準規格に準拠した製品の製造やサービスの提供ができない技術の特許であり、保有企業の競争力の源泉となるものだ。4Gのスマートフォン(スマホ)では出荷価格の数%が特許使用料だとされる。

 SEPを握る企業はライセンス収入で潤う。結果、通信設備やスマホなど製品の価格競争力を高められるわけだ。

 5GのSEPを巡る問題は、大手の通信機器メーカーや通信会社にとどまらず、日本の情報通信産業に幅広く影響を及ぼす可能性がある。一般にSEP保有企業を多く抱える国・地域ほど通信インフラを安価に展開でき、通信規格の標準化活動における発言力も増すため、通信サービス全体で主導権を握りやすくなるとされている。

 3Gや4Gでは欧米がSEPのシェアを握って世界をリードしたのに対し、5Gでは中国が国を挙げて研究開発に取り組み、シェアトップを奪った。日本は蚊帳の外に置かれている。

 加えて、今後はSEPを巡る係争が通信以外の様々な業界に飛び火する可能性もある。現にノキアは通信機能を備える「コネクテッドカー(つながる車)」に使う4G関連の特許を侵害したとして、2019年にドイツの自動車大手ダイムラーを提訴。2020年8月にはドイツ地裁がノキアの訴えを認めてダイムラーに差し止めを命じた。

 5Gは将来的に自動運転や遠隔医療などに使われる見通しで、物流や交通、決済など幅広い業界がデジタルトランスフォーメーション(DX)を支えるインフラとして5Gの応用研究に取り組んでいる。ノキアとダイムラーの問題はもはやどの業界にとっても対岸の火事ではなく、日本企業は海外のSEP保有企業に払うライセンス料の負担や、訴訟に巻き込まれるリスクを念頭に置く必要がある。