他社と協調して寡占企業に挑む、意外な手段で相手を出し抜く―。米国のIT大手は国際標準化を舞台に、激しい駆け引きを繰り広げている。知られざる主導権争いの裏側をのぞいてみよう。
GAFAM(グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)に代表される米国IT大手は国際標準化のプロセスを舞台に、激烈な戦いを繰り広げている。正面から争うだけではない。強大なライバルに対抗するために複数社が協調したり、意図を隠して交渉に参加して他社を出し抜いたりしている。
例えばクラウドコンピューティングが台頭した背景には、グーグルがマイクロソフトに対して仕掛けた巧みな標準化戦略があった。そう指摘するのはWeb技術の標準化団体であるW3C(World Wide Web Consortium)に参加する立教大学大学院ビジネスデザイン研究科の深見嘉明特任准教授だ。
深見特任准教授によればグーグルはオフィスソフト市場で圧倒的なシェアを有していた「Microsoft Office」に対抗して、オフィスソフトのSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)で「Gmail」などを含む「G Suite」を普及させるために、Web技術の標準化をうまく利用したという。
Gmailが登場した2004年、WebブラウザーのトップシェアはマイクロソフトのInternet Explorer(IE)が占めていた。グーグルはまだブラウザーを提供していなかった。
そこでグーグルはまずWebブラウザー「Opera」を開発するノルウェー のオペラ・ソフトウエアから技術者を引き抜いて、W3Cで次世代のWeb標準仕様とみなされていた「HTML5」の策定を進めさせた。HTML5に様々な機能のAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を組み込むことで、高度なユーザーインターフェース(UI)やオフライン機能などをWebアプリケーションで利用できるようにする狙いがあった。
同時にグーグルはHTMLの仕様を検討する開発者コミュニティーである「WHATWG」を通じて、マイクロソフト以外のWebブラウザーベンダーと連携を図った。「Safari」の米アップルやオペラ、オープンソースソフトウエア(OSS)の「Firefox」の開発主体である米モジラ財団などである。
さらにグーグルは自社の社員をFirefoxの開発に参加させ、HTML5に対応するブラウザーの普及に手を貸したという。実はHTML5の策定はグーグルが標準化に参加する前から始まっていた。「グーグルは他社が開発した仕様をそのまま採用し、仕様をブラッシュアップしていった。企業の垣根を越えてG Suiteにとって有利な状況を作った」(深見特任准教授)。
HTML5の仕様草案(ドラフト)が公開されたのは2007年で、アップルやモジラはドラフトの段階でHTML5の新機能をブラウザーに実装し始めた。そしてグーグルも2008年に独自ブラウザー「Chrome」を公開した。
ChromeはG Suiteのような高機能なWebアプリケーションが快適に使用できるブラウザーとして人気を集め、リリースから4年後の2012年5月、米調査会社スタットカウンターによるブラウザー市場シェア調査でIEから首位の座を奪った。現在のChromeのシェアは69%にも達する。グーグルはWeb技術の標準化をてこに、オフィスソフト市場とブラウザー市場の両方でマイクロソフトの覇権を崩した。
マイクロソフトもやられているばかりではない。自社にとって不利な状況を救うために、標準化をうまく使った形跡がある。ID連携仕様の標準化団体、OpenIDファウンデーションの崎村夏彦理事長がそう指摘する。崎村理事長は野村総合研究所IT基盤技術戦略室の上席研究員でもある。
OpenIDファウンデーションが2011年から2013年初頭にかけて「OpenID connect」と呼ぶ新しい標準仕様の策定を進めていたころ、マイクロソフトはその策定が進まないよう「思いっきりブレーキを踏んでいた」(崎村理事長)というのだ。