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新型コロナの感染拡大を防ぎ、多忙を極める現場を救え――。政府は即座にデジタル活用へ動き出し、矢継ぎ早に新システムを稼働させた。だが多くはかえって現場の負担を高めてしまった。なぜITは役に立たなかったのか。

相次ぐ不具合 医療関係者らが反発
感染者情報管理システム「HER-SYS」

 「もう止めようよ…。手書きの発生届…」。2020年4月23日、川崎市立川崎病院呼吸器内科の田中希宇人医長はTwitter上でこうつぶやいた。同院の感染症科では医師らが泊まり込みで新型コロナウイルス感染症の診察や治療に当たるなか、部長自らが新型コロナ感染症の発生届を作成して事務職員が保健所にファクスしていた。

 河野太郎防衛相(現規制改革相)はIT担当の平将明内閣府副大臣(現衆院議員)にリツイートし、平副大臣は「引き取ります」と即答。厚生労働省は発生届をインターネット経由で登録する新システムを急ごしらえで開発し、2020年9月には全自治体で稼働した。

 だが今も、川崎病院では新システムではなくファクスを使っている。電子カルテ端末の近くにインターネット端末がないうえ、患者は複数の病棟に分かれて入院しているため、各病棟に専用端末とインターネット回線を用意するよりも従来の手書きとファクスのほうが効率が良いためだ。「(新システムは)病院の現状にとって現実的ではないようだ」(田中医長)。

全自治体での運用、4カ月の遅れ

 新システム「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」の目的は、保健所などの業務負担を減らし、感染者の情報を迅速に把握する点にある。2020年5月17日から試験稼働し、修正を経て同月29日から一部保健所で本稼働した。

図 HER-SYSの運用を巡る経緯
全面開始は当初予定から4カ月遅れた(背景:Getty Images)
全面開始は当初予定から4カ月遅れた(背景:Getty Images)
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医療機関が発生届をオンラインで入力・送信することで、FAXによる連絡を効率化(画像提供:厚生労働省)
医療機関が発生届をオンラインで入力・送信することで、FAXによる連絡を効率化(画像提供:厚生労働省)
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 ただ保健所を設置している155自治体全てで運用を始めたのは、予定より1カ月以上遅れた2020年9月に入ってからだ。遅れた理由は2つある。

 1つは機能不足だ。当初からHER-SYSを先行利用した東京都港区のみなと保健所はシステムの機能不足を理由に、厚労省がシステム改修をした9月10日まで実導入を見送った。自治体担当者は総務省のガイドラインに基づいて、ログやセキュリティー確保に必要な記録を保存する必要があるが、HER-SYSにはその機能がなかった。

 もう1つの理由は使い勝手の悪さだ。2020年8月から東京都など多くの自治体で運用が始まると次々に明らかになった。まず患者1人当たりの入力欄が約200と膨大で、必須項目の判別もできなかった。

 厚労省は「通常の感染症で届け出る情報と、積極的疫学調査で収集する情報と、その両方をHER-SYSで管理することを目指したため多くなった」と説明する。医療機関や保健所からの不満を受け、厚労省は2020年9月初め、優先的に入力する項目を絞り込み、発生届と同等の項目数の入力で済む運用に改めた。

 多忙を極める現場で大量の項目を入力すれば誤入力も増える。集めたデータを集計・分析できないと分かった厚労省は2020年9月末には、今後の修正で入力エラーを自動的にチェックする機能を追加すると明らかにした。