オープンイノベーションを阻害する大企業とスタートアップの溝。両者が手を取り合うには、大企業が体質を変える必要がある。KDDIや三菱電機などからスタートアップに愛される大企業になる3条件を学ぶ。
「ようやく世に出せた」。2021年9月13日、KDDI傘下でオンライン専用の携帯電話ブランド「povo」を運営するKDDI Digital Life(KDL)の秋山敏郎社長は記者会見後、胸をなで下ろした。
同日発表した料金プランの名称は「povo2.0」。2021年3月に第1弾として導入した料金プランを全面刷新した第2弾である。最大の特徴は、利用者が必要に応じてデータ容量などを買い足す「トッピング」機能を追求した点だ。月額基本料は0円で、「7日間で1ギガバイト」「180日間で150ギガバイト」など、必要なデータ容量を追加購入(トッピング)する柔軟なプランである。
ファンは着実に増えている。povoの契約数は2021年9月上旬に「90万件くらい」(KDDIの高橋誠社長)だったが、第2弾を受けて10月末に「100万件を超えたところ」(同)まで積み増した。
KDDIはIoT(インターネット・オブ・シングズ)向け通信サービスのソラコムなど、様々なスタートアップと連携して新サービスを立ち上げてきた。ただ、今回は中核事業の一般向け携帯電話サービスで料金プランをスタートアップと共同開発した点が新しい。
KDDIが選んだのはシンガポールのサークルズライフ(正式社名はリバティーワイヤレス)。社員数500人強ながら2019年に台湾やオーストラリアに進出。急成長しているMVNO(仮想移動体通信事業者)スタートアップだ。
povoの開発過程を振り返ると、オープンイノベーションを成功に導く第1のポイントが見えてくる。大企業とスタートアップによる目標の共有だ。
ポイント(1) 共通目標を設定
両社が協業を本格的に検討し始めたのは2020年。オンラインに特化した手軽な手続きでスマートフォンを使えるサービスが若者中心に受けていたサークルズライフに、KDDIが目を付けた。「アジャイル型の事業運営ができている」と評価し、2020年11月設立のKDLをハブとしてオンライン専用プランの共同開発を始めた。
KDLの秋山社長はサークルズライフの最大の持ち味を「UI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザー体験)へのこだわりが非常に強い点」とする。KDDIはその持ち味を革新的なサービス創出につなげるべく、常識を破る一手を講じた。携帯電話事業者が料金プランを新設する場合、適切な値決めをするプロセスに多大な時間と労力を割くのが通例だ。これに対してKDDIとサークルズライフは何よりもサービス全体のUI/UXを向上させるという目標意識を共有することに力を注いだ。
並行して「優れたUI/UXにふさわしい料金プランはどうあるべきか」を探った。無料でダウンロードや試用ができ、気に入って使い続けたい人だけ課金するなど「スマホアプリやWebサービスにおいてポピュラーなUI/UXを、料金プラン向けにどう翻訳して実装するか。その点を一緒に考え抜いた」(KDLの秋山社長)。
それだけではない。povoの登場は長年「breakage(ブレケッジ)」を収益の源泉としてきたとされる携帯電話業界に一石を投じた。ブレケッジとは必要以上に大容量のプランを契約した利用者が月末になってデータ容量を余らせたり、逆に不足して追加料金が発生したりする状況を指す。利用者にとって必要十分なデータ容量と、契約したデータ容量がかけ離れているほど、携帯電話事業者のもうけにつながるわけだ。ブレケッジは幅広い業界に存在するビジネスモデルだが、利用者からすれば「ニーズに合わないサービスを押し付けられている」ようにも映る。
この点、povoではトッピングを必要なときに必要な分だけ買い足せば済む。利用者は不要と感じたら自由にやめられる。「フェア(公正)なプランをつくれたのは、サークルズライフのUI/UXへのこだわりを共有したからこそだ」とKDLの秋山社長は話す。