次に、IT技術者のやりがいを高める上で経営層が取り組むべき要因を分析した。経営層のDXに対する取り組みでは、有効回答421人中224人、5割強の回答者が「どちらかといえば満足」以上と答えている。逆に5割弱はDX経営に不満を持っており、この割合は上司に対する不満よりも多い。
経営層によるDXへの取り組みの満足度に影響を与えうる要因として、経営層の行動8項目、権限委譲と実践環境、および本人の属性項目(年齢、年収、労働時間、企業規模)を調査対象とし、回帰分析を実施した。
その結果、明らかに相関があったのは(1)DX推進に専念できるチームや部門を設けること(2)戦略上必要な意思決定がスピーディーであるよう努めていること(3)最新のIT技術分野に向学心を持って接していること、の3項目であった。4位以下の経営行動項目も参考までに相関の高さを図示したが、90%信頼水準で有意ではない。つまり、DX推進において経営者がIT技術者から信頼を勝ち取るために注力すべきなのは上述の3項目である。
ここでも注目すべきは「最新のIT技術分野に対し向学心を持って接している」だ。労働者から経営者への欲求としては異色だろう。経営者自身の専門性が何であれ、IT技術者はトップ自らがITへの知的向上心を持つことを求めているのだ。DXは誰でも遂行できる無色透明な戦略論でなく、経営者個人の個性や資質に依存する人間的な経営課題であることが透けて見える。
有能なIT技術者には誘いも多い?
DX経営や上司への満足度の低下が転職を誘発することは十分に考えられる。今後3年以内のキャリアに対する設問に対して「職務は変えずに勤め続けたい」と回答した393人を母集団とし、「今の企業・団体のまま同様の職務で勤め続けたい」と答えた332人と「他の企業・団体に移り同様の職務で勤め続けたい」と答えた61人を分ける要因を回帰分析により調査した。
分析対象とした要素はDX経営満足度、上司満足度、権限委譲、実践環境、悩みおよび属性項目(年齢、年収、労働時間、企業規模)である。
この結果は、上述のやりがいに影響する項目と共通する部分が多い。経営満足度や上司満足度が勤続意思に及ぼす影響は大きい。年齢と勤続意思との相関が高いのは、一般に年齢が上がると転職しにくくなるためとみられる。
業務内容と実現したいキャリアの不一致と、アイデアの実現に十分な費用・工数を与えられていることは勤続意思との間で負の相関を持つ。前者が勤続意思を下げることは理解できる一方、後者と勤続意思の低さとの相関は一見意外である。しかしこれはDX経営におけるIT技術者の重要性を鑑みると合理的な解釈が可能だ。つまり、権限委譲されているIT技術者は社内でも有能で、他社からの誘いも多いのではないか。有能なIT技術者の引き留めに、経営者や上司は努力が必要だ。