全3220文字
PR

「移動自体を楽しんでほしい」

 最大勾配は20度余り。丸みを帯びた車両が緑深い山の尾根伝いに最大毎分80mの歩くようなスピードで上っていく。2020年1月に運行を始めた斜面走行モノレール「長崎稲佐山スロープカー」だ(写真12)。

写真1■ 長崎市が整備した斜面走行モノレール「長崎稲佐山スロープカー」。夜景の名所である稲佐山山頂展望台(写真右奥)と山の中腹とを結ぶ輸送施設として2020年1月に開業した。レールの下には遊歩道が通る(写真:長崎市)
写真1■ 長崎市が整備した斜面走行モノレール「長崎稲佐山スロープカー」。夜景の名所である稲佐山山頂展望台(写真右奥)と山の中腹とを結ぶ輸送施設として2020年1月に開業した。レールの下には遊歩道が通る(写真:長崎市)
[画像のクリックで拡大表示]
写真2■ スロープカーは1編成2両で、2編成が運行。最大で約20度の勾配をゆっくりと行き来する。写真奥は山頂駅。駅から200mほど離れた場所に展望台がある(写真:長崎市)
写真2■ スロープカーは1編成2両で、2編成が運行。最大で約20度の勾配をゆっくりと行き来する。写真奥は山頂駅。駅から200mほど離れた場所に展望台がある(写真:長崎市)
[画像のクリックで拡大表示]

 稲佐山は標高333m。山頂展望台からは、香港、モナコとともに「世界新三大夜景」に選ばれた長崎の街や港を一望できる。観光に力を入れる長崎市が、山頂と中腹の駐車場とを結ぶ輸送施設として整備した。「乗車時間は8分。景色を楽しみたいので、もっとゆっくり走ってほしいという声もある」と市中央総合事務所地域整備1課の末川久司主事は明かす。

 KEN OKUYAMA DESIGN(山形市)が車両のデザインを担当した。同社の奥山清行代表はフェラーリのスポーツカーなども手掛ける世界的な工業デザイナーだ。

 スロープカーは稲佐山の広葉樹林を眼下に見ながら行き来する。車両は天井から足元までガラス張り。「森のカーペットの上を滑るように進む。用事もないのに乗りたくなるような乗り物を目指した」。こう話す奥山代表は、スロープカーに乗る体験そのもののデザインを目指した。

 市はスロープカーが走るレールや支柱、駅舎など、車両デザイン以外の設計を一括で発注した。デザインコンセプトや景観を統一するためで、周辺の公園とともに17年に完成した出島表門(おもてもん)橋でも採用した手法だ。

 一連の設計業務はトーニチコンサルタントがプロポーザル方式で受託した。市は約500mある中腹駅から山頂駅までのルートを尾根上に設定。尾根には既設の遊歩道があり、施工時に木を極力切らずに済むからだ。「急斜面での工事は費用がかさむ。尾根は比較的平らで見晴らしも良い」と同社九州支店技術部の田辺敏宏部長は説明する(写真34図12)。

写真3■ 施工中の様子。手前の中腹駐車場から山頂まで尾根伝いのルートを通る(写真:長崎市)
写真3■ 施工中の様子。手前の中腹駐車場から山頂まで尾根伝いのルートを通る(写真:長崎市)
[画像のクリックで拡大表示]
写真4■ ロープウエーは市街地を望む稲佐山の東側斜面をルートとするのに対し、スロープカーは北側斜面の尾根伝いにアプローチするため、西側に広がる五島灘の夕景も楽しめる。スロープカーを含む稲佐山公園とロープウエーは、リージョナルクリエーション長崎(長崎市)と一般財団法人長崎ロープウェイ・水族館の事業共同体が指定管理者となる(写真:長崎市)
写真4■ ロープウエーは市街地を望む稲佐山の東側斜面をルートとするのに対し、スロープカーは北側斜面の尾根伝いにアプローチするため、西側に広がる五島灘の夕景も楽しめる。スロープカーを含む稲佐山公園とロープウエーは、リージョナルクリエーション長崎(長崎市)と一般財団法人長崎ロープウェイ・水族館の事業共同体が指定管理者となる(写真:長崎市)
[画像のクリックで拡大表示]
図1■ 地形に逆らわず高架レールを架設
図1■ 地形に逆らわず高架レールを架設
長崎稲佐山スロープカーの全体図。支柱の高さは最大で約14mに抑えた。長崎市の資料を基に日経コンストラクションが作成
[画像のクリックで拡大表示]
図2■ 4.5m間隔で2つのレーン
図2■ 4.5m間隔で2つのレーン
長崎稲佐山スロープカーの軌条構造図。長崎市の資料を基に日経コンストラクションが作成
[画像のクリックで拡大表示]

 駅舎の設計は、トーニチコンサルタントがMORアーキテクツ(長崎市)へ再委託した。山頂駅のプラットホームは7mも空中に張り出し、スロープカーで上ってきた人々を迎える。「山頂駅舎は市街地からも見える。山の稜線(りょうせん)に沿うように高さを抑え、ランドマークとなるように工夫した」とMORアーキテクツの一丸康貴代表は言う(写真5~8)。

写真5■ 山頂駅を正面から見る。東(写真左)側に長崎市街地、西(右)側に五島灘。中央は管理用通路(写真:ミヤザキ フジナリ)
写真5■ 山頂駅を正面から見る。東(写真左)側に長崎市街地、西(右)側に五島灘。中央は管理用通路(写真:ミヤザキ フジナリ)
[画像のクリックで拡大表示]
写真6■ 山頂駅のプラットホームは空中に張り出し、上ってきた人々を迎え入れる(写真:ヨコタ ケイスケ)
写真6■ 山頂駅のプラットホームは空中に張り出し、上ってきた人々を迎え入れる(写真:ヨコタ ケイスケ)
[画像のクリックで拡大表示]
写真7■ 山頂駅に滑り込むように到着するスロープカー。ホーム先端はトラス構造と片持ち梁で支持され、7m張り出す(写真:ミヤザキ フジナリ)
写真7■ 山頂駅に滑り込むように到着するスロープカー。ホーム先端はトラス構造と片持ち梁で支持され、7m張り出す(写真:ミヤザキ フジナリ)
[画像のクリックで拡大表示]
写真8■ 中腹駅。ホームに入るスロープカーがよく見えるように、扉や間仕切りにガラスを多用した(写真:ミヤザキ フジナリ)
写真8■ 中腹駅。ホームに入るスロープカーがよく見えるように、扉や間仕切りにガラスを多用した(写真:ミヤザキ フジナリ)
[画像のクリックで拡大表示]

 設計の過程では、関係者全員が現地を視察してルートや見え方を検証し、支柱の高さなどを調整した。市の景観専門監として事業を監修した九州大学持続可能な社会のための決断科学センターの高尾忠志准教授は次のように話す。「車両も駅舎も隔てず、稲佐山全体を味わう一連のプロセスとしてデザインした。ぜひ移動自体を楽しんでほしい」

大量輸送に向けて3案を検討

 稲佐山には麓と山頂を結ぶ既存のロープウエーがある。しかし、近年は観光客の急増で1時間待ちとなるような混雑も珍しくなかった。しかも、ロープウエーの定員は31人と少ない。修学旅行生やバスツアーなどの団体客を分散させず、一度に輸送できる手段が必要となっていた。

 長崎市は2015年度、多くの利用客を運ぶ新たな方法として「山頂まで続く既存道路を大型バスも通れるように拡幅する」「エスカレーターと動く歩道を整備する」「スロープカーを整備する」の3案を検討。道路拡幅は工事が長期間に及ぶ点が、動く歩道は工事費がかさむ点がそれぞれ懸念され、スロープカーの導入が16年度に決定した。市土木部土木建設課の馬場秋広技師は「スロープカー自体が稲佐山の新たな観光資源になるとも考えた」と言う。

 スロープカーの総事業費は約20億円。20年2月の利用者数は約2万人で、想定を5000人ほど上回った。その後、新型コロナウイルスの感染拡大による休止を経て、6月から営業を再開。1編成2両で一度に80人が乗れるが、当面は30人に絞って運行している。