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高低差を生かして多様なレベルの広場配置

 浅い川の流れを包むように、広大な水辺空間が広がる。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市が土地区画整理事業の一環で整備した「川原川公園」だ。面積約3.9ヘクタールの公園を貫き南北に流れるのは、津波の遡上で被害を受け、県が復興整備した「川原川」(写真1~3図1)。県と市が足並みをそろえて川と公園を一体的に整備し、2021年4月に公園がオープンした。

写真1■ 岩手県陸前高田市が整備した川原川公園。県による川原川の復興整備と一体的にデザインした(写真:吉田 誠)
写真1■ 岩手県陸前高田市が整備した川原川公園。県による川原川の復興整備と一体的にデザインした(写真:吉田 誠)
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写真2■ 川原川の復興整備における施工延長は約1.2km。河川を含む公園の幅員は約30~約140m。川原川は市の中心市街地を貫流し、古川沼を経て気仙川と合流し広田湾に流れる(写真:吉田 誠)
写真2■ 川原川の復興整備における施工延長は約1.2km。河川を含む公園の幅員は約30~約140m。川原川は市の中心市街地を貫流し、古川沼を経て気仙川と合流し広田湾に流れる(写真:吉田 誠)
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写真3■ 被災後の川原川。東日本大震災で津波が遡上した(写真:陸前高田市)
写真3■ 被災後の川原川。東日本大震災で津波が遡上した(写真:陸前高田市)
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図1■ 「棚田」的な地形処理で様々なレベルに広場を配置
図1■ 「棚田」的な地形処理で様々なレベルに広場を配置
岩手県と陸前高田市の資料を基に日経コンストラクションが作成。上流側の支川との合流部付近は河畔林を保全しており、川の線形と公園区域は現況と若干異なる
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 川と公園は上流から順に、「暮らしの水辺」「記憶の水辺」「にぎわいの水辺」「いざないの水辺」と区画した。「川原川は震災前の骨格が残る数少ないまちの名残。自然と触れ合える貴重な場所として、まちと川をつなぐ公園を整備した」(陸前高田市都市計画課の永山悟計画係長)

 市の中心市街地は復興まちづくりの盛り土造成で、平均約7mかさ上げされ、従来の地盤高さを流れる川と大きな高低差が生じる。川沿いに十分な公園用地を確保し、緩やかな勾配で川に近づけるように工夫した。

 「誰もが川べりまで下りたいわけではない。好きな高さの居場所が選べるように、棚田のようなイメージで、様々なレベルの広場的空間を設けた」。川と公園のデザインを監修した吉村伸一流域計画室(横浜市)の吉村伸一代表は、こう説明する。

 例えば、イベント活用を想定した「にぎわいの水辺」区間の公園部分は高低差5mほど。道路に面した位置には舗装した広場を、水辺に下りる間の中段や下段には芝生広場を、それぞれ設けた。他にも、川に面した「川テラス」など、随所に広場を配置した。

 一方、県が河川改修で目指したのは、自然環境が再生しやすい「川らしい川」だ。現況流路を基本に河道を拡幅し、一部を緩傾斜護岸として川辺の親水性を確保(図2)。河道の中で水が自由に動くように、深さ40cmの「低低水路」を設けた。

図2■ 河道拡幅と緩傾斜護岸で親水性高める
図2■ 河道拡幅と緩傾斜護岸で親水性高める
岩手県の資料を基に日経コンストラクションが作成
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 実は計画当初、県と市は最初に河川と公園の境界ラインを定め、それぞれ独自にプランを練っていた。そこに、15年に事業に参画した吉村代表が、「川でもあり、公園でもある空間として一体的にデザインする」案を提示。関係者間で協議を重ねて計画を見直し、河川と公園の地形処理が確定した後で、改めて敷地境界を定める手法を採った。

 震災前に橋のあった場所には3つの潜り橋を架け、旧道の跡に踏み石を配置した。吉村代表は、「震災で地形は変わったが、昔の測量図を眺め、まちの記憶を表現できるものはないかと考えた」と振り返る。潜り橋の上から川をのぞくと、透き通った水の中を古巣に戻った魚たちが泳いでいた。