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国の登録有形文化財であるダムを景観面で変化させることなく耐震補強する。堤体の天端から基礎岩盤まで削孔し、アンカーで堤体全体を強制的に押さえつける工法を国内で初めて採用した。経済性に優れ、工事中もダムを貯水状態で運用し続けられる。

38本のアンカーで計3万8400kNの緊張力を導入

 松江市にある水道専用の千本ダムは、1918年に完成した堤高15.8m、堤頂長109.1mの粗石コンクリートによる重力式の石積みダムだ。2008年に国の登録有形文化財に指定され、現在は約1年間の計画で堤体の耐震化工事が進む(写真1、2)。

写真1■ 千本ダムの堤体の天端からロータリーパーカッションドリルで削孔する。堤体上を覆うように足場を仮設した。2020年1月撮影(写真:大村 拓也)
写真1■ 千本ダムの堤体の天端からロータリーパーカッションドリルで削孔する。堤体上を覆うように足場を仮設した。2020年1月撮影(写真:大村 拓也)
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写真2■ 削孔時の足場の下の様子。越流部の天端の幅は1m程度しなかい。ロッドの直径は165mm(写真:大村 拓也)
写真2■ 削孔時の足場の下の様子。越流部の天端の幅は1m程度しなかい。ロッドの直径は165mm(写真:大村 拓也)
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 「13年に実施したダムの健全度評価で、地震時に堤体が不安定になるリスクがあると判明した。堤体上流側に引張力が生じてしまう」。工事を発注した松江市上下水道局の川原良一局長はこのように話す。

 市はダム技術センターや国土交通省国土技術政策総合研究所とともに対策を検討。同時に、堤体への負荷を減らすため、貯水位を1.5m下げ、80%の貯水量を確保した状態でダムの運用を続けてきた。

 今回の工事では、抜本的な対策を施すため、「PS(プレストレス)アンカー工法」を採用した。堤体の天端から基礎岩盤に向けて設置した合計38本のアンカーに緊張力を導入し、堤体を下向きに押さえ付ける。アンカーの長さは最大30.5m。緊張力は計3万8400kNに及ぶ(図1写真3)。

図1■ 最長約30mのアンカーを打ち込む

[堤体断面図(越流部)]
[堤体断面図(越流部)]
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[堤体断面図(非越流部)]
[堤体断面図(非越流部)]
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[堤体天端拡大断面(越流部)]
[堤体天端拡大断面(越流部)]
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(資料:松江市)
写真3■ 緊張が完了した非越流部のアンカー(写真:大村 拓也)
写真3■ 緊張が完了した非越流部のアンカー(写真:大村 拓也)
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 同工法は補強材が堤体外部に露出しないので、景観面で文化財としての価値を損なわない。しかも、施工中も継続してダムを運用できる。

 同工法による既設ダムの補強は、フランスで実用化された1934年以降、欧米の約500基のダムに採用した実績がある。それでも国内では初めての試みだ。

 「30cm以上ある大石を骨材に使った粗石コンクリートは、大石の下に空隙が生じやすい。鉛直方向に緊張する際、空隙の変位に注意が必要だ」。補強方法を検討したダム技術センターダム技術研究所の川崎秀明首席研究員はこう説明する。

 千本ダムのすらりとした断面形状も考慮して、アンカーの間隔は2.5mとした。「堤体に生じる力を分散させるためだ。一般的なコンクリートダムであれば、5m間隔で十分だろう」(川崎首席研究員)