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朝の漁港で突如、巨大なアーチ橋が崩落した。付近の定点カメラには、桁を吊るケーブルが次々と破断していく様子が収められていた。ケーブルの定着部付近にできたわずかな腐食を点検で見落としたうえ、トレーラーなどの荷重が繰り返し加わり、疲労が進行した可能性がある。

 台湾北東部の宜蘭(ぎらん)県の漁港に架かる橋長140mの優美なアーチ橋「南方澳跨港大橋(なんぽうおうここうだいきょう)」が崩落したのは、現地時間の2019年10月1日午前9時半のことだ(写真1図1)。港内に停泊していた3隻の漁船が巻き込まれ、6人が死亡。事故の一部始終を収めた定点カメラの映像が、瞬く間に世界を駆け巡った。

写真1■ 落橋した南方澳跨港大橋。奥が港側。赤く見えるのはケーブルのシース。橋長140m、幅15mで完成から21年が経過していた。建設費は2億7000万台湾元(約9億4000万円)。事故後、台湾の蔡英文総統は全土の老朽橋を早急に点検するよう指示した(写真:王 仲宇)
写真1■ 落橋した南方澳跨港大橋。奥が港側。赤く見えるのはケーブルのシース。橋長140m、幅15mで完成から21年が経過していた。建設費は2億7000万台湾元(約9億4000万円)。事故後、台湾の蔡英文総統は全土の老朽橋を早急に点検するよう指示した(写真:王 仲宇)
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図1■ 海をまたぐ橋が崩落
図1■ 海をまたぐ橋が崩落
宜蘭県は台北市から車で約1時間。取材を基に日経コンストラクションが作成
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 同橋は1998年に完成したタイドアーチ橋だ。鋼製のアーチリブから亜鉛めっき鋼線をより合わせたケーブルを1列に13本配して、鋼床版箱桁を吊り下げていた。アーチリブの高さは橋桁から最大30mで、その両端は橋台の約20m手前で2股に分かれる。アーチリブが通行者を迎える“ゲート”の役目を担う珍しいデザインを採用していた。

 設計・施工はいずれも現地企業で、管理者は台湾港務。台湾当局から9つの港湾の運営を引き継いで2012年に設立された国営会社だ。

 カメラが捉えた落橋の記録から、事故のあらましを見ていこう。動画では、港方面に向かって橋上を走る1台のタンクローリーが映し出される。あと十数メートルで橋を渡りきろうとする時、港側から6本目のケーブルの上端付近が破断。一瞬の間を置いて、8本目から12本目までが次々とちぎれた(図2)。

図2■ アーチリブ付近のケーブル上端部から破断
図2■ アーチリブ付近のケーブル上端部から破断
最初のケーブル破断から落橋まで、わずか10秒だった。取材を基に日経コンストラクションが作成
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 ケーブルによる支持力を失った橋桁はV字に変形し、水しぶきを上げて湾内に落下。アーチリブは2股の分岐部で折れ曲がり、上部の円弧部は形を保ったまま真下に落ちた。その間、わずか10秒の出来事だった。

 崩壊後に現場を視察した台湾・国立中央大学の王仲宇教授は「最初のケーブルが切れた衝撃が別のケーブルに伝わり、連鎖的に破断に至ったのではないか」とみる。

 最初のケーブルが破断した後、すぐ隣のケーブルが切れなかったのは、2番目に破断したケーブルよりも劣化が進んでいなかったからだと考えられる。ケーブルに緩みが生じるなど、張力が設計通りに分配されていなかった可能性もある。

管理会社は即座に釈明

 なぜ最初のケーブルは破断したのか。台湾では崩壊直後から、原因を巡って論争が巻き起こった。

 事故前日に通過した台風や、当日早朝に台湾東部で起こったマグニチュード3.8の地震など自然災害の影響が取り沙汰される一方、台湾港務による橋の維持管理の不備を疑う声も集まった。「点検で見つかった腐食の対処を怠っていた」「そもそもケーブルのさびを点検していなかった」などと報じられたのだ。

 台湾の専門家の間でも、ケーブルの腐食を落橋の一因とみる向きは多い。「ケーブルをポリエチレン製のシースで保護したり、定着部をアーチリブ内に収める構造にしたりと防食に配慮していたとはいえ、海に面して腐食しやすい環境だったのは間違いない」と王教授は話す(写真2)。

写真2■ 南方澳跨港大橋の破断したケーブル。亜鉛めっきで防食し、ポリエチレン製のシースで被覆していた。破断面の周辺がさびている(写真:王 仲宇)
写真2■ 南方澳跨港大橋の破断したケーブル。亜鉛めっきで防食し、ポリエチレン製のシースで被覆していた。破断面の周辺がさびている(写真:王 仲宇)
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 台湾港務は台湾に架かる約3万橋のうち17橋しか管理しておらず、点検のノウハウが足りなかったという指摘もある。

 対する台湾港務は事故当日の午後11時、16年に宜蘭県を通じて橋の点検を委託した健行科技大学の報告書ではケーブルの腐食は指摘されていなかったと発表(図34)。それどころか、17年から18年にかけて1000万台湾元(約3500万円)を投じて舗装や伸縮装置を修繕するなど管理は適切だったと主張した。

図3■ 「維持管理には問題ない」
図3■ 「維持管理には問題ない」
台湾港務による事故直後の発表資料。一方、台湾の議会に相当する立法院からは点検のずさんさなどを追及されている
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図4■ 台湾では点検結果を4段階で評価
項目/評価 0 1 2 3 4
D(Degree)
劣化の程度
該当なし 良好 普通 悪い 重大
劣化の範囲 計測不可 0~10% 10~30% 30~60% 60~100%
R(Relevancy)
安全性などへの影響
判定不可僅か
U(Urgency)
緊急性
判定不可 定期検査を継続 3年以内に対応 1年以内に対応 緊急
台湾交通部が採用している点検マニュアルによる評価手法。損傷の程度や範囲について、それぞれ4段階で評価する。南方澳跨港大橋の2016年の点検結果では、ケーブルの状態はD=1(良好)とされていた。同マニュアルによると、橋の完成後2年以内に初期点検を実施し、その後は2~4年に1度の定期点検を求めている。災害後など必要に応じて特別点検や詳細点検を実施する。点検は直接目視が基本で、一部、カメラなどを使った間接目視も認められている(資料:台湾交通部)

断面欠損1割未満で破断した例も

 点検が正しく行われていたのであれば、ケーブルが破断するほどの腐食を見落とすとは考えにくい。しかし、わずかな腐食であってもケーブルが切れるとしたらどうか。

 ケーブル形式の橋梁に詳しく、東海大学で教授を務めた国際構造工学会の中村俊一副会長は「孔食と呼ぶ局所的な腐食などによってケーブルの疲労強度が低下したのが原因ではないか」と推測する(写真3)。

写真3■ 腐食疲労で破断したケーブル鋼線の例。わずかな範囲に孔食が生じたことで応力集中による疲労亀裂が進行し、破断に至った(写真:中村 俊一)
写真3■ 腐食疲労で破断したケーブル鋼線の例。わずかな範囲に孔食が生じたことで応力集中による疲労亀裂が進行し、破断に至った(写真:中村 俊一)
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 中村副会長によると、現時点でケーブルの破断を招いたと考えられる要因は3つある。腐食と疲労が同時に作用する「腐食疲労」、施工不良に起因する定着ソケットからのケーブルの抜け落ち、水素脆(ぜい)化によるケーブルの遅れ破壊だ。そのうち、腐食疲労の可能性が最も高いとみる。

 鋼材の疲労耐久性は、繰り返し作用する応力の振幅と、それを許容できる回数との関係を示したS-N曲線で表せる(図5)。曲線を下回る応力しか作用しなければ、基本的に疲労で破断する心配はない。

図5■ ケーブル破断に2つの理由
図5■ ケーブル破断に2つの理由
ケーブルが腐食した場合と交通量が増加した場合のS-N曲線のイメージ。設計上、十分な疲労強度を有していても、腐食や交通荷重の増加によって疲労が進む恐れがある。取材を基に日経コンストラクションが作成
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 問題はケーブルが腐食すると、疲労耐久性が落ちる点にある。S-N曲線が下方に移動し、取るに足りなかった小さな応力でも疲労破壊する恐れが出てくるのだ。

 「鋭く深い断面欠損を伴う孔食が生じると、応力が集中して破断しやすくなる」と中村副会長は説明する。ケーブル断面積の1割にも満たない孔食によって、急速に疲労が進んで破断した例もある。

 南方澳跨港大橋のアーチリブの断面は幅、高さともに約2.5m。その中にケーブルの定着ソケットや定着板、補剛材などが密に配置されていたとみられる。目視点検をしていたとしても、狭いリブ内ではわずかな腐食を見逃した可能性がある。

 さらに、同橋では通行する自動車の荷重が建設当時よりも増えていたという指摘もある。南方澳を含む港で岸壁の補修工事が19年6月に始まるなど、数十トンの資材を積んだ大型トレーラーが一帯を走っていたもようだ。

 ケーブルの疲労設計の条件などは明らかになっていない。だが、想定よりも大きな応力が作用すれば当然、破断の時期は早まる。

 ケーブル定着部付近の腐食を見落とした上に、大型車の交通量が増えて疲労が進行。限界に近づいたところに重さ数十トンのタンクローリーがとどめを刺して崩壊に至る─。そんな推測は十分に成立しそうだ。

外観は無傷でも内部は腐食

 ケーブル形式の橋は合理的な構造である一方、もしケーブルが破断すれば落橋など大きな被害につながりかねない。「ケーブルは外観に問題がなくても、内部に水が入り込んで腐食が進んでいる場合がある。さび汁の発生や塗膜の浮きなど変状を見過ごさないよう、注意深く点検しなければならない」。中村副会長はこう強調する。

 国土交通省は19年2月、「引張材を有する道路橋の損傷例と定期点検に関する参考資料」を公表した。同省国土技術政策総合研究所がまとめたものだ(図6)。ケーブルの定着部付近が腐食して破断したエクストラドーズド橋の雪沢大橋などの事例を紹介する他、疲労の影響なども加味して点検するように求めた。防せい油の状態なども劣化の進行を把握する際の参考になると記している。

図6■ 疲労やケーブル内部の腐食に注意を促す
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エクストラドーズド橋のケーブル破断部の写真。目視可能な外側に必ずしも兆候が現れるわけではなく、内部で著しい損傷が生じている場合もあるため注意が必要
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ケーブル定着部付近のボルトが脱落した写真。腐食の影響だけでなく、活荷重や風荷重による疲労の影響、その複合作用も損傷要因として考えられる。ケーブル本体だけでなく、周辺部材にも注意するのがよい
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吊り橋の主ケーブルの亜鉛めっきが消耗している写真。複数の素線を束ねたケーブル内部の腐食を外観だけで正確に判断するのは困難で、さび汁の漏出や防せい油の状態などから総合的に判断・推定する必要がある
国土交通省は2019年2月、ケーブル橋の損傷事例や点検の留意点などをまとめた。同省の資料を基に日経アーキテクチュアが作成

 台湾では全土の橋の点検結果などをT-BMSと呼ぶデータベースで一元管理する。08年には鋼橋の点検要領を発行するなど、維持管理には力を入れていた。しかし、ケーブルの点検手法までは体系化できていなかったようだ。

 日本の国交省に当たる台湾交通部は、落橋の原因究明を国家運輸安全調査委員会に委ねた。事故からわずか1カ月で、崩れたアーチ橋の部材を全て回収して調査を開始(図7)。20年8月までに結果を公表する。

図7■ 事故から1カ月で全ての部材を撤去
図7■ 事故から1カ月で全ての部材を撤去
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