今から約20年前、国は越水に対する抵抗性を見込んだ堤防の新構造を設計指針にまとめた。だが、その斬新な発想はわずか2年で姿を消す。幻の堤防構造を探る。
国土交通省に情報公開請求を行っても「不存在」を理由に入手できない堤防の設計指針がある(図1)。国会図書館や国土交通省図書館で検索しても見つからない20年ほど前に作成された資料だ。
その名は、「河川堤防設計指針(第3稿)」(以下、指針第3稿)。河川堤防の構造に関する基準を記した資料で、2000年6月に当時の建設省河川局治水課がまとめた。国交省で治水行政を担う複数の現役職員が「見たことがない」と口をそろえる資料だ。
指針第3稿がまとまった後に、「省内の各地方の技術者への説明会を行った」。当時、土木研究所河川研究室で室長を務めていた山梨大学の末次忠司教授はこう振り返る。
国はこの資料を当時の直轄の河川管理者に向けた暫定的な部内資料と位置付ける。この資料が表舞台に立っていたのは、2002年7月まで。同月に国交省が「河川堤防設計指針」を通知して、指針第3稿は消え去る運命をたどった。
指針第3稿で登場したものの、その消滅とともに跡形もなくなったのが「難破堤堤防」と呼ぶ越水を考慮した斬新な構造だ(図2)。那珂川で整備されたフロンティア堤防が、これに近い。那珂川の他にも新川などで採用されている。
発信元である国交省治水課に文書は残っていないが、この指針に準拠して整備されたインフラは実在する。維持管理などを進めるうえでも、指針の技術的な意図を伝えていく意義は大きい。
越水を考慮した設計手順を解説する部分は指針第3稿で1つの大きな章を占める。その内容は、構造の具体例や安全性の照査方法まで細部にわたっていた(図3、4)。