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戦国武将の武田信玄が考案したとされる「霞堤(かすみてい)」。その減災効果が再評価されている。2重・3重の不連続な堤防は、洪水氾濫の拡散を防ぎ、氾濫水を速やかに河道に戻す。堤内外の防備林は氾濫流を減勢し、土砂や流木を捕捉する。拠点防御に優れた治水工法の1つといえる。(日経コンストラクション)

 日本の伝統的な治水工法の1つに「霞(かすみ)堤」がある。戦国武将の武田信玄が考案したといわれる2重・3重の不連続な堤防だ。

 霞堤の治水機能は、氾濫水の河道還元・内水の排除(氾濫域の限定化)と、本川洪水の一時貯留(滞留調整)との2つに分類される(図1)。急勾配区間では前者の機能が、緩勾配区間では後者の機能が、それぞれ卓越する。連続堤防は氾濫原を一律に防御するが、霞堤方式では2重・3重の堤防で氾濫流を制御する。そのため、霞堤は流域の部分的な防御に優れている。

図1■ 霞堤は氾濫流を河道に戻したり洪水を一時貯留したりする
図1■ 霞堤は氾濫流を河道に戻したり洪水を一時貯留したりする
霞堤の平面構造と治水機能(排水・貯留機能)(資料:瀧 健太郎)
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 現在、全国の一級河川109水系のうち54水系で霞堤が確認されている。直轄管理区間だけでなく、都道府県管理の中小河川を加えると、現存する霞堤は無数に及ぶ(図2)。

図2■ 霞堤は不連続部と2重の堤防で構成
図2■ 霞堤は不連続部と2重の堤防で構成
霞堤の形態分類。「霞堤の全国実態と機能」(土木技術資料)を基に作成
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 霞堤の不連続部と2重の堤防に囲まれた低地を霞堤遊水地と呼ぶ。河川計画上の位置付けではなく、内水排除や氾濫流還元、貯留機能が事実上あるかどうかで判断する。

 河川管理の実務では、主に洪水時に期待される貯留量や、計画基準点でのピークカット量で、霞堤の治水機能を評価してきた。

 霞堤は、河岸段丘や扇状地などの急流河川に多く見られる。堤内地盤は比較的急勾配で、狭角は小さい。そのため、洪水調節ダムなどと比べると、貯留量には雲泥の差がある。

 河川の洪水防御計画が目標とする規模(数十から200年に1度)の洪水に対する効果は、ほとんど見込めない。結果として、河川計画の代替案に位置付けられるケースは少ない。

 霞堤の主要な治水効果は、計画基準点でのピークカットではない。霞堤遊水地への貯留によって、本川の水位上昇を一時的に緩和し、越水を防止することにある。

 遊水時には、堤外地(河道内)と堤内地(霞堤遊水地)の水位差が減り、堤防の浸透破壊の原因となるパイピングを防ぐ。パイピングとは、浸透流が土中にパイプ状の水みちを形成し、土粒子を流し出す現象だ。

 霞堤には他にも、本堤と二番堤の間に湛水(たんすい)して形成したプールが、本堤越水時に流れ落ちる水のエネルギーを拡散・減勢するウオータークッション効果がある。これによって堤防法尻の洗掘を防ぐなど、堤防決壊のリスクを低減させる(図3)。

図3■ パイピングと堤防法尻の洗掘を防止
図3■ パイピングと堤防法尻の洗掘を防止
霞堤の横断構造と治水機能。「北川の霞堤をめぐる地域との合意形成について」(土木学会の流域管理と地域計画の連携方策小委員会など)を基に作成
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 霞堤遊水地を配置する狭窄(きょうさく)部上流や支川合流部、扇端部など河川勾配の変化点では流下が阻害され、上流側の水位がせき上げられるバックウオーター(せき上げ背水)が発生しやすい。高い水位が長時間に及び、浸透や越水による破堤リスクが高まる。こうした場所では、霞堤のパイピング防止効果やウオータークッション効果がより有効に働く。

 防備林は流水抵抗となって洪水を減勢するため、堤防の保護を目的に堤内外に配置する。水衝部だけでなく、霞堤開口部にも設ける。透過型堤防のように、氾濫流の減勢と併せ、土砂や流木、ごみを捕捉する効果を発揮する。