現場管理や安全管理のコツを言葉で説明するのは難しい。それを補う技術として注目が集まっているのが視線計測だ。自分が何を見たかを振り返りながら解説すれば、暗黙の技術をひもとける。
熟練技術者の視線は雄弁だ。経験に基づく無意識の動作でも、その視線の動きを計測・分析すれば、行動の理由が明らかになる。作業手順や安全性などを現場で瞬時に判断する暗黙のコツを可視化できるのだ。
「アイトラッキング(視線計測)は医療分野を中心に、マーケティングや学術研究などで用いられてきた。それがここ2、3年、技能の継承に生かす事例が急速に増えている」
視線計測機器の開発大手、トビー・テクノロジー(東京都品川区)の蜂巣健一社長はこう話す。計測機器の軽量化などで扱いやすくなったうえ、コストダウンが進み数十万円から導入できるようになったのが一因だ。
例えば、同社が2020年6月に発売した眼鏡型の端末「Tobii Proグラス3」の重さはわずか76.5g(写真1)。眼球に近赤外線を当て、その反射を内蔵カメラで捉える「角膜反射法」によって瞳孔の位置や向きを毎秒50~100回測る。計測データを無線でパソコンやスマートフォンに転送(写真2)。別の内蔵カメラで技能者の視界と同じ映像を撮って組み合わせて、計測中に見た物や秒数、回数などを分析する(図1)。
視線計測を用いた技能継承の手順は以下の通りだ。まず、5人ほどの熟練技能者に計測端末を装備させ、普段通りに作業してもらう。その後、記録した視線データの共通点や差異に加え、見た順番など重要なポイントを抽出する。
続いて、熟練技能者に計測結果を見せながら、視線を向けた理由を聞き出す。聞き取り結果を基に作業のコツを洗い出し、標準化やマニュアル作成などに生かす(図2)。
「人は自分で思っているほど見たものや考えたことを認識していない。技能を教えようとしても何をどう伝えてよいか分からず、なかなか言葉が出てこない」と、蜂巣社長は指摘する。しかし、視線データを確認しながら「なぜこの時にここを見ていたのか」と一問一答形式で聞かれれば理由を説明しやすい。
他にも、視線計測で抽出した熟練技能を機械や人工知能(AI)に組み込んで作業を自動化したり、経験の浅い技能者の作業中に視線を監視しながら技能を伝えたりといった使い方が考えられる。