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土木に関わる訴訟や事故、トラブルなどについて、法的な視点から専門家が解き明かす新連載「土木の法務解説」。第1回は、建設現場で発生した死傷事故を取り上げ、発注者にどのような法的責任があるか解説してもらう。(編集部)

 工事現場で死傷事故などが発生したときに、その賠償責任はいったい誰が負うのか──。

 発注者の誤った指示など不適切な対応が原因で事故が起こった場合、施工者だけでなく発注者も民事上の賠償責任を負う恐れがある。場合によっては、刑事責任も問われる。

 では、どのような場合に発注者が賠償責任を負うのか。発注者の責任を認めた裁判例を基に解説する。

 道路工事中に発生した作業員の負傷事故で、発注者である津市の賠償責任を繰り返し認めた判決は、その一例だ。側溝の掘削作業中に隣接する既設の石積み擁壁が崩落し、作業員が擁壁と掘削面との間に挟まれて左足切断の重傷を負った(写真1)。

写真1■ 道路脇の石積み擁壁が崩落した事故現場。作業員が挟まれて左足切断の重傷を負った(写真:ビオス法律事務所)
写真1■ 道路脇の石積み擁壁が崩落した事故現場。作業員が挟まれて左足切断の重傷を負った(写真:ビオス法律事務所)
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 この事故では、最初の訴訟で敗訴した津市が、作業員にいったん賠償金を支出。続いて、市と元請けの施工者である勢和建設(津市)との間で、その賠償金の負担について再度、法廷で争う異例の展開となった。

 まず、訴外で既に2200万円の賠償金を勢和建設から受け取っていた同社の作業員が、市だけを相手取り損害賠償を求めて提訴した。その後、津地裁の1審判決(2017年5月)と名古屋高裁の控訴審判決(同年12月)のいずれも市の責任を認め、損害賠償の支払いを命じた。

 市は裁判の過程で、設計図書で指定しない仮設や施工方法などは、自主施工の原則で受注者が選択するものだと説明。発注者が施工方法などの選択について注文を付けることは許されないと主張した。

 しかし裁判所は、石積み擁壁の根入れ位置が、設計図書では掘削溝の底面よりも深かったが、実際には底面まで達していなかったことを市の工事担当者が把握していたと指摘。自主施工の原則を前提としても、施工者に具体的な安全対策を指示せず、安全が確保されるまで工事を一時中止させる義務を怠ったとして、市の過失を認めた。

 この判決を受け、市は被災した作業員に賠償金約9300万円を支払った。しかし、判決内容に納得せず、勢和建設に賠償金の負担を要求。市が同社に発注していた別の工事5件分の請負代金の支払いを止め、事実上、賠償金相当額を負担させた。これに勢和建設が反発し、市に請負代金を請求する訴訟を提起した。

 この訴訟では、津地裁の1審判決(20年1月)、名古屋高裁の控訴審判決(20年8月)ともに、勢和建設の過失を認定した。同社が擁壁について安全対策を講じるよう市に指示されながら対策を取らなかったからだ。

 一方で、市に対しても、擁壁の危険性を認識したのに具体的な対策を指示せず、施工者の対策状況を確認していないことから、監督権限不行使の過失があると認定。市の過失割合を2割と判断した(図1)。

図1■ 具体的な指示を怠った発注者にも過失
図1■ 具体的な指示を怠った発注者にも過失
判決文などを基に作成
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 さらに控訴審では、施工者から擁壁の崩落回避のための提案を受けながら、それを採用せず代替案も示さなかった経緯を指摘。市が具体的な指示をしなかった点だけで責任があるとはいえないとしながらも、市は仕事の完成を待つ立場にとどまらず、第三者に危害を及ぼす事態の回避に向け副次的・補充的な責任を負うべき立場にあると言及している。