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東北の被災地には一様に、巨大な防潮堤が建設された。ただ宮城県気仙沼市のように、住民の声を反映して防潮堤を後退させたり、造らなかったりした地区もある。数少ない事例から得られる教訓を、次に起こり得る津波災害に生かさなければならない。

 2021年2月、宮城県気仙沼市の大谷(おおや)海岸で、夏の海開きに向けて防潮堤の建設工事が急ピッチで進んでいた(写真1)。砂浜を保全するために、防潮堤を当初計画の位置から後退させている。防災効果だけを優先しない防潮堤にかじを切った貴重な事例だ。

写真1■ 建設途中の大谷海岸(写真:村上 昭浩)
写真1■ 建設途中の大谷海岸(写真:村上 昭浩)
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 防潮堤の建設は東日本大震災の被災直後から、海岸の景観が一変すると物議を醸した。復旧では、数十年から百数十年に1度の頻度で発生するレベル1の津波を防ぐ水準を国が公表。場所によっては、高さ10mを超える防潮堤が計画された。

 巨大な津波による被害を目の当たりにして、安全な街づくりを進めるために一定の基準を示すのは当然だろう。ただ惜しむらくは、地域の特性に応じた多様な防潮堤が生まれなかったことだ。垂直にそびえ立つ防潮堤や幅の大きな海岸堤防が沿岸部を埋め尽くした。

 生態系を生かした防災・減災に詳しい森林研究・整備機構の中静透理事長は、次のように振り返る。「防潮堤に関する地域住民の考え方を十分に聞くことができず、合意を得る努力の足りない自治体が多かった。そんな中、大谷海岸は砂浜を残して景観を守った数少ない事例だ」