大都市圏に比べて交通量が少なく、山間部も多い地方では、増大する事業費に対して便益が小さくなりがちだ。地域独自の経済や地形、気候に合わせた道路整備に対して、「費用便益比(B/C)1.0の壁」が立ちはだかる。独自のマニュアルを整備して、追加便益を設定したり地域係数を乗じたりする事例をひもとく。
国の公共事業で費用便益比(B/C)を算出・検討する仕組みは1990年代後半に遡る。建設省(現在の国土交通省)が98年度に、所管する公共事業について新規事業採択時の評価実施要領を制定。道路や河川などを所管する部局が、専門家の委員会を設置し、費用便益分析を含む評価手法をまとめてきた。
道路事業で走行時間短縮便益と走行経費減少便益、交通事故減少便益の3つの便益を定めているのが国交省の「費用便益分析マニュアル」だ(図1)。文中で、3便益は「現時点における知見によって、十分な精度で計測が可能、かつ金銭表現が可能である」と説明されている。
国が直轄する道路事業や国庫補助事業、高速道路会社などの事業では原則としてこのマニュアルに沿った費用便益分析を実施する。これに対して、都道府県など自治体が事業主体となる場合では、国交省のマニュアルの使用を義務付けていない。
国の費用便益分析マニュアルをそのまま使用する自治体もある一方で、国のマニュアルを参考に、便益を追加するなどした独自のマニュアルを整備する自治体もある。
地方では交通量が相対的に少ないため便益は小さく算出されがちだ。加えて、山間部などでトンネルや橋梁を建設しなければならない場合は事業費が膨らむ。どうしてもB/Cは下がってしまう。自治体による独自便益の追加は、「B/C1.0の壁」を乗り越えるための苦肉の策とも言える。
一方で、3便益以外も貨幣価値に換算して総便益に含める方法には、反対意見も根強い。3便益との重複の懸念があることに加え、分析の精度が不十分な可能性があるからだ。
費用便益分析に詳しい三菱UFJリサーチ&コンサルティングの大野泰資上席主任研究員は、「3便益以外を加えるべきではない」と主張する。理由は「費用便益分析は将来に渡って便益を予測する手法であり、ただでさえ精度が低い。いたずらに便益を増やせば、精度がさらに低くなってしまう」ことだ。