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NTTが開発した光論理ゲート「Ψゲート」。左側3本のSi細線導波路のうち、真ん中がバイアス光入力用。上下が信号光入力用(写真:NTT)
NTTが開発した光論理ゲート「Ψゲート」。左側3本のSi細線導波路のうち、真ん中がバイアス光入力用。上下が信号光入力用(写真:NTT)
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 NTTは光だけで任意の論理演算ができる素子「Ψ(プサイ)ゲート」を開発した。2つの信号光に加え、素子の機能を決めるバイアス光の計3つの入力を持ち、出力は1つであることが名前の由来である。現在電気のCMOS回路で激しい競争になっている深層学習用回路を大幅に高速化かつ低消費電力にできる可能性がある。

光速の1/3の速さで動作

 Ψゲートの特徴は大きく3つある。(1)電気のCMOS回路による論理ゲートに比べて遅延が約1/300と非常に短いこと、(2)1つの素子で任意の論理演算(ブール代数)が実行できること、(3)さまざまな波長で同時に演算ができること、の3つである。

 (1)についてCMOS論理ゲートでは、回路が動作するのにその容量に電流が満ちる充電時間が必要で、少なくとも約10ピコ(p)秒かかる。一方、Ψゲートでは30フェムト(f)秒で済む。真空中の光速の1/3というスピードだ。このためNTTは、8~9年前から動作周波数が頭打ちになったCMOS技術に対して、この光論理ゲートによる演算回路が特定の演算処理では超高速化の実現手段になるとみる。具体的には、パターンマッチングや深層学習に用いる積和演算向けアクセラレーターという使い方だ。

 光の導波路技術は他にも幾つかあるが、その中でもΨゲートは低遅延かつ低損失だ(図1)。これまでこの2つの両立は容易ではなかった。

(a)既存の光素子に比べても低遅延かつ低損失
(a)既存の光素子に比べても低遅延かつ低損失
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(b)1素子で任意の論理演算(ブール代数)が可能
(b)1素子で任意の論理演算(ブール代数)が可能
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図1 光で超高速、超低消費電力の専用回路実現へ
Ψゲートの最大の特徴は、ゲート遅延が30f秒と超低遅延かつ低損失である点(a)。電子回路のゲート遅延は10p秒と約300倍も大きい。1つのゲートで任意の論理演算ができることも特徴である(b)。これはバイアス光の振幅や位相、信号光の位相を調整することで実現する。(図:NTT)

1素子で何役もできる

 (2)の1つの素子で任意の論理演算(ブール代数)の実行はバイアス光の強さや信号光に対する位相を制御することで実現する(図1(b))。例えば、弱いバイアス光を入力するとAND(論理積)ゲート、中間的な強さのバイアス光だとXNOR(排他的論理和の否定)ゲート、強いバイアス光を入力するとNOR(論理和の否定)ゲートになるといった具合である。

 この動作の仕組みを少し詳しく説明する(図2)。バイアス光なしの場合、Ψゲートまたは2入力の「Yゲート」は3階調のANDゲートにしかならない。しかも「0」に対する「1」の信号強度比(コントラスト)は1対4と低い注1)

図2 1素子で1人4役を実現
図2 1素子で1人4役を実現
Ψゲートで任意の論理演算ができる仕組みを示した。矢印は長さが光の振幅、向きが位相を意味する。バイアス光なしでは、3階調でコントラストが低いANDゲートしかできない(a)。受光器の出力は出力光の振幅の2乗に比例する。バイアス光を信号光とは逆相、かつ振幅を信号光の1/2にすると、信号光とバイアス光の合波によって2階調かつ高いコントラストのANDゲートになる(b)。バイアス光の振幅を信号光と同じにするとXNORゲートになる(c)。バイアス光の振幅を信号光の3/2倍にするとNORゲートになる(d)。信号光Bとバイアス光の位相を信号光Aに対してそれぞれ、±2π/3、∓2π/3にする(振幅は信号光Aと同じ)と、NANDゲートになる(e)。(図:NTTの資料を基に日経エレクトロニクスが作成)
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注1)光検出器の出力強度は信号光の振幅の2乗に比例する。