2019年から2025年までに年平均で約20%成長し、2025年の世界市場は約350億米ドル(1ドル110円換算で3兆8500億円、米Grand View Research調べ)。こんな高成長が期待されるテクノロジー分野がある。AI(人工知能)やIoTなどの先端技術を駆使する「スポーツテック」だ。先頭を走る米国で開催された、世界最大級のスポーツ産業カンファレンス「MIT SSAC 2020」で見えた最前線を報告する。
2020年3月3日、米Google(グーグル)のクラウドサービス部門「Google Cloud」は、大谷翔平選手なども活躍する米メジャーリーグ(MLB)の“公式クラウド"として複数年契約を締結したと発表した。MLBの技術子会社が開発した、ボールや選手の動きを追跡してデータ化するトラッキングシステム「Statcast(スタットキャスト)」などを、Google Cloud上で運用する。このほか、グーグルのAI技術やデータ解析技術などを利用し、「世界中のファンに次世代の体験を提供する」(グーグル)。
「オオタニのストレートの平均球速は155.2km/時」「第4打席のヒットの打球速度は181.69km/時」(いずれも2018年の記録)など、トップ選手のすごさをつまびらかにするStatcastは“データ生成マシン"だ。ボールの位置だけで毎秒2000個のデータを取得し、1試合当たりのデータ量は7TB(テラバイト)に達する。
Statcastは2015年までにMLBの全30球団のスタジアムに導入されたが、実はこれまでグーグルのライバルである米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)傘下のクラウドサービス子会社、AWS(Amazon Web Services)が運営していた。つまり、MLBがAWSからGoogle Cloudに乗り換えた格好だ。
なぜ、クラウドサービスの大手企業がスポーツビジネスへの進出に本腰を入れているのか。主な理由は2つある。(1)人気の試合となれば数千万~数億人が同時視聴することもあり広告価値が高い、(2)トラッキングシステムが生成する膨大なデータをリアルタイムに処理して視聴者を引き付けるデータとして見せることで、自社の技術力を示す「ショーケース」になる、からである。
実際、Google CloudはMLB以外にNCAA(全米大学体育協会)や米プロバスケットボールNBAのゴールデンステート・ウォリアーズなどと、AWSは米国で圧倒的な人気と収益力を誇るプロアメリカンフットボールNFLやFormula 1(F1)、NASCAR(ナスカー)などと提携している。
データこそがビジネスの源泉
このGoogle CloudとAWSがスポンサーに名を連ねたスポーツ産業カンファレンスが、2020年3月6~7日に米ボストンで開催された「MIT SSAC(Sloan Sports Analytics Conference) 2020」である。米マサチューセッツ工科大学(MIT)の経営大学院が主催するイベントで、米4大スポーツをはじめとするスポーツ団体の幹部やメディア企業、IT企業、ベンチャー企業、投資家などが集うスポーツ産業の“祭典"である。
2007年の第1回はわずか175人の参加者でスタートしたが、今年は3000人以上が参加した。参加費が約10万円と高額にも関わらず、開催の5週間前にチケットが売り切れるという人気ぶりである。
「アナリティクスカンファレンス」の名の通り、主役はスポーツを巡るさまざまなシーンで生まれるデータの解析である。その種類や活用法、関係者は幅広い(図1)。例えば、選手のプレーデータからは試合の戦術構築、強化のためのトレーニング、コンディション管理、ケガ予防などの知見が得られる。ファンの行動(移動、購買など)データからは、チームへの愛着心を高める新たなマーケティング施策を構築したり、商品開発の知見が得られたりする。
なお、スポーツ界では以前からウエアやシューズ、ラケットやゴルフクラブなどに向けて最新のテクノロジーが使われてきた。しかし、MIT SSACの主テーマは、これまであまり扱われてこなかった選手のプレーや身体状態、ファンの行動などのデータ解析が中心である。