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米国のスタートアップ企業である米Vesper Technologiesが骨伝導MEMSマイクを発売した。狙いは、骨伝導MEMSマイクを圧電式MEMSマイクと組み合わせ、AirPodsのようなヘッドホンのノイズキャンセリングに使うことだ。東北大学教授の田中秀治氏がこの新しい使い方や将来展望などについて解説する。(日経エレクトロニクス)

 MEMSマイクロホンは、BAW(Bulk Acoustic Wave)フィルターに次いで生産量の多いMEMSであり、ボイスコントロールの普及によってますます重要となっている。ボイスコントロールは、TWS(True Wireless Stereo)イヤホンにも実装されており、複数のMEMSマイクロホンを用いてユーザーの音声と周囲のノイズが識別されている。そして、高い音声認識率の達成には高性能なマイクロホンが必要であるため、米Apple(アップル)のTWSイヤホンである「AirPods Pro」にはドイツInfineon Technologies(インフィニオンテクノロジーズ)製の超高性能MEMSマイクロホンが使われている。

TWSイヤホン=ケーブルレスでプレーヤーと接続できるイヤホン。左右のイヤホンがケーブルなどで結ばれておらず完全に独立したものを指す。

 一方、圧電MEMSマイクロホンのスタートアップ企業である米Vesper Technologies(ベスパーテクノロジーズ)は、最近、骨伝導MEMSマイクロホンを発売し、TWSイヤホンでの採用を狙っている。本稿では、同社CEOのMatthew Crowley(マシュー・クローリー)氏の「MEMS Engineer Forum 2021」(MEF 2021、2021年4月20~21日にオンラインで開催)での講演をもとに、この新しいMEMSの使い方、構造、将来展望などを、筆者による業界動向分析を交えて解説する。

Infineonが性能で圧勝

 Vesperの新しいデバイスの話に入る前に、MEMSマイクロホンについて説明した方がよいだろう1)2)

 現在、スマートフォンなどに用いられているマイクロホンは、ほとんどが静電容量型MEMSマイクロホンである。音声によるメンブレン(薄膜)の微小な振動が静電容量変化として検出される。AIを用いたボイスコントロールの普及が進む中、音声認識率を決めるマイクロホンの性能が重要になっている。Vesperの創業当初(2009年)の触れ込みは、圧電方式によって静電容量方式よりも高い信号/ノイズ比(SNR)を実現するというものであった。これは、静電容量方式のマイクロフォンでは隙間があり(図1左)、そこで音響ノイズが発生するのに対して、圧電方式ではそのような隙間がないためである。しかし、実際に実現できたSNRは圧電材料の性能限界のため、一般的な静電容量方式のそれと変わらない。一方、静電容量式ではInfineonによってシールド・デュアルダイヤフラム・マイクロホン(図1右)が開発され、そのSNRは圧電方式の手の届かないレベルに高くなってしまった。

図1 一般的な静電容量型MEMSマイクロホンとシールドデュアルダイヤフラムマイクロホンの構造の比較
図1 一般的な静電容量型MEMSマイクロホンとシールドデュアルダイヤフラムマイクロホンの構造の比較
後者では2つのダイヤフラムの間が真空になっているため、空気ダンピング(スクイーズドフィルムダンピング)によるノイズがほとんど発生しない。(図:田中秀治が作成)
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売りを省消費電力性にチェンジ

 そこで、Vesperは圧電MEMSマイクロホンの訴求点を、高SNRから省消費電力性に変えた。IP57を満たす耐水性の高さもその特長ではあるが、これは従来の静電容量型MEMSマイクロホンと比較しての利点であり、上述のInfineonの製品も優れた耐水性を持っているので、やはり省消費電力性が最大の売りである。静電容量方式ではトランスデューサーの静電容量隙間に数Vのバイアス電圧を印加しなくてはならないが、圧電方式ではメンブレンが振動したときに圧電材料(AlN)によって自然に電圧信号が生じるため、バイアス電圧が不要である。昇圧を伴うバイアス回路が不要な分、省消費電力化できる。

 音声が入るまで長時間ずっと待機しているアプリケーションはいろいろ考えられる。静電容量式は、その原理上、この待機に電力を消費してしまうが圧電式はそれがない。例えば、Vesperの圧電MEMSマイクロホンが使われているアプリケーションには、音声に反応するテレビリモコン(韓国Remote Solution)やゴミ箱(米simplehuman)がある。しかし、これらは大ヒット商品にはなっていない。MEF 2021でのVesperの講演によると、創業から現在までの総出荷数は2500万個に達したが、MEMSマイクロホンは年に80億個、売れているといわれており、Vesperの出荷数はマーケット全体に対して無視できる量にどとまっている。Vesperは、2021年、800万米ドルを新たに調達し、総投資額は6500万米ドルに達している。同社にとっても投資家にとっても、そろそろヒット商品が欲しいところだろう。