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実装や回路構成にもメス

 ワイヤレスEV充電は、SAE(米国自動車技術会)で「SAEJ2954」として規格化され、使用可能な周波数帯域は85kHz帯(79k〜90kHz)と規定している。出力電力については、「1kWでは充電時間がかかりすぎる。そこで家庭向けでは最大級の3kWをターゲットとした」(同氏)。つまり、シングルエンデッド方式を使って、周波数が85kHz、出力が3kWの高周波インバーターの実現を目指した1)

 まずは第1ステップとして、周波数を85kHzに高めた1kW出力の高周波インバーターにおいて、スイッチ素子を従来の1.2kV耐圧IGBTから、産業技術総合研究所(産総研)が開発した1.2kV耐圧SiCパワーMOSFETである「IEMOSFET」に変更した。IEMOSFETに置き換えることでスイッチング損失を大幅に削減した。

 第2ステップでは、85kHzで出力を3kWに増やした高周波インバーターを試作した。出力を増やすと、スイッチ素子に印加される電圧が高くなる。このためIEMOSFETの耐圧を1.7kVに高める必要があり、オン抵抗は1.2kV品の35mΩから83mΩへと高くなる。そこでスイッチ素子に住友電気工業が開発し、産総研と改良した「SiC-VMOSFET」を採用した。これはV溝トレンチ構造を採用したSiCパワーMOSFETである。1.7kV耐圧でもオン抵抗は33.7mΩと低い。このため導通損失は半分以下に抑えられ、損失率は5.9%に減らせた。

 とはいえ、スイッチング損失はまだ大きい。第3ステップでは、実装にメスを入れた。SiC-VMOSFETのソース配線においてゲート駆動電流と主電流が流れる経路を分離した。こうすることでゲート駆動電流がソース配線の寄生インダクタンスの影響を受けることを回避でき、スイッチング損失を大幅に減らせる。この結果、損失率は3.4%まで減った。

 しかし放熱対策のために、もう少し損失を減らしたい。スイッチング損失を分析したところ、配線の寄生インダクタンス起因の成分が大きいことが分かった。寄生インダクタンスを抑えるため、第4ステップとして共振キャパシターの挿入位置を変更して電流ループを最小化した(図2)。この結果、スイッチング損失を約56%削減し、損失率を2.8%に減らした。

図2 寄生インダクタンスを減らせる回路トポロジー
図2 寄生インダクタンスを減らせる回路トポロジー
共振キャパシターの位置を変更することで電流ループを小さくし、寄生インダクタンスの影響を抑えた。(図:大森氏)
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 これらの工夫によって、周波数が85kHzで3kW出力のシングルエンデッド方式高周波インバーターにおいて、コストの低減と実用レベルの損失率を同時に達成することに成功した(図3)。「ワイヤレスEV充電の実用化への扉を開く成果だ。加えて、Al製鍋に対応した高周波IH調理器などへの展開も期待できる」(同氏)。

図3 低コスト化と低損失化を同時に実現
図3 低コスト化と低損失化を同時に実現
周波数が85kHzで3kW出力のシングルエンデッド方式インバーターの低損失化の過程をまとめた。4つのステップを経ることで、最終的に損失率を2.8%に低減した。この結果、低コスト化と低損失化を同時に実現することに成功した。(図:大森氏)
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参考文献
1)岩永太一、大森英樹、坂本邦博、森實俊充、又吉秀仁、「新開発SiC-VMOSFETによる超小形・低コスト・シングルエンデッド・ワイヤレスEV充電装置」、パワーエレクトロニクス学会誌、Vol.46、pp.68-76、論文番号JIPE-46-07, Mar.2021.