HDD(Hard Disk Drive)ヘッド技術が生きる新たな新市場が見えてきた。生体信号を観測する医学・医療分野だ。磁気計測を使う方法は、心電図や脳波計など電位を計測する手段よりも、解像度が高く深い部分まで計測が可能。静磁場にとって人の体は“透明”だからだ。心臓の観察用途では実用化も目前である。磁気計測は、手軽に、精密に体内を観察する手法として今後普及する可能性が高い。
NANDフラッシュメモリーを使ったSSD(Solid State Drive)の普及で大容量記憶装置の主役の座から追われつつあるHDD(Hard Disk Drive)の読み出しヘッドの技術が“新大陸"を発見した。医学や医療の分野である。これまで、主に電気、具体的には体表面の電位差を測っていた心電図や脳波計が、この読み出し磁気ヘッドの技術、具体的には「GMR†」や「TMR†」という技術を使う心磁図や脳磁計に置き換わり、心電図などよりはるかに詳細な生体情報を知ることができるようになる見通しが出てきた。これまで約10年間、開発が続けられてきたが、いよいよ実用化が見えてきたのである。2022年6月にはTDKが医療用途向けの「MRセンサー」(同社)を量産する計画だ。
電気では多くの情報が消失
生体情報を知る上で、心電図に代表される電位差の計測と磁気の計測は何が違うのか。一言でいえば、磁気計測であれば診たい臓器や体組織の情報を、その周囲にある体組織にほとんど邪魔されずに直接知ることができる点だ(図1)。
心臓を含む筋肉は、細胞に強い分極が起こり、それによってカルシウムイオンやナトリウムイオンが流れることで筋収縮を実現する。心電図の場合、その分極の変化や電流を体表面で電位差としてとらえることで心臓の動きを診ている。
心電図の歴史は長く、十分な実績があるが、実は心臓の情報をすべて計測できているとはいえない。心臓と体表面の間にはさまざまな体組織があり、それが信号伝達の大きな障壁になっているからだ。電位差の変化があれば電波も生じるはずだが、分厚い体組織にほとんど吸収されてしまう。体表面で電位差は測れても、その信号が心臓のどこで生じたのか、あるいは分極や電流の向きといった情報は失われている。心電図計測の際、多くの電極を体に付けても、それは受信信号を重ねてS/Nを高めるためで心臓中の信号源の空間分布などは知り得ない。